「選別収容所」では地面に掘った穴で用を足した…マリウポリからの強制連行を逃れたウクライナ男性の逃避行

2022年5月12日 06時00分
 ■4月3日
 「マリウポリ市内の検問所にたどり着くと、武器の有無や、財産を盗んでいないかなどを調べられ、バスで(20キロほど離れた)ベジメンネの学校に連行された。最初の『選別収容所』だ」
 「みんなマットレスやいす、机に座っていた。呼び出されると、銃を持った軍人に服を脱ぐよう命じられた。私が軍人でないか確認するため、ライフルを撃ったときにできる胸のあざやホルスターの痕跡がないか調べられた。さらに、ウクライナ軍との関係やロシアについてどう感じているか尋問された。携帯電話の連絡先やメールもチェックされた。書類に氏名や住所を書かされ、指紋を採取され、パスポートのコピーもとられた」
 「食事は1日に2回出たが、私たち4人のうち3人が体調を崩した。ほかにも具合が悪くなったり戻している人たちが多く、何か緑色のものを吐き出している人もいて、怖くて口にしなかった。毒を盛られている可能性を感じた」
 「『フィルタリング(選別)』を通過し、次の場所に向かう人たちは、出発バスの乗員リストに載る。私たちは4日ほど留め置かれた。家族が離れ離れにならないよう、常に一緒にいるようにした。机の上や床で寝た。ベッドもあったが少なかった」

ウクライナ東部マリウポリで、避難所の地上部分にあった集合住宅。砲撃で破壊された=ウラジミルさん提供

 ■4月7日ごろ
 「ドクチャエフスクの『選別収容所』に連行された。以前は学校だった文化センターだ。身体検査、電話チェック、指紋採取、パスポートコピーとすべてが繰り返された。収容所の様子を撮った動画は消されていた。尋問では、どこに行くつもりか聞かれた。欧州と答えたら、出られていなかっただろう。だいたい(ロシア西部の)タガンログに送られることは決まっており、そこからロシア国内に移送される」
 「食事はなく、お茶やコーヒーがあった。看守用のトイレはあったが、私たちは地面に掘った穴で用を足さなければならなかった」
 「フィルタリングを通過できなかった人がどうなったのかは分からないが、お年寄りが携帯電話を渡さず、3人のロシア兵に囲まれて撃たれたという話を聞いた」
 ■4月10日
 「収容所になっていたタガンログのスポーツ教育センターに連行された。バスから降りると、各地の収容所から送られてくる避難民で混雑していたので、それに乗じて逃げようと決意した。スーツケースを持って家族とその場を離れた。武器を持った兵士もいて、クセニアは撃たれるのではないかと不安に思っていたが無事だった」
 「ロシアにいるウクライナ人の親族に電話して車で迎えに来てもらった。タガンログの駅から電車でロストフ、クルスク、モスクワを経てサンクトペテルブルクに到着した。ロシアで流れている情報は恐ろしく、ロシア軍がキーウに到達し、マリウポリを掌握したことにしている」
 「でも、サンクトペテルブルクにはロシア人ボランティアがいて、ワルシャワへの出国を手伝ってくれた。プーチンを信じておらず、まだ正気の人もいるんだと非常に驚いた」
 ■現在
 「アムステルダムの知人を頼ろうと思ってベルリンまで来たけど、無理だということになってドイツ西部トリーアの避難所にいる。母はキーウの妹宅に移った。お金もなくなってきて、仕事を探しているが見つかっていない」
 「プーチンに思うことは、ウクライナ全土が同じことを考えていると思うが、ウクライナを『兄弟だ』と言っていた人間が、これは何だ、と。チェチェン共和国、モルドバ共和国、ジョージア、ウクライナ。(領土などを)盗もうとする泥棒行為を民衆の目から隠そうとする男だ」
次のページ

おすすめ情報

ウクライナ危機の新着

記事一覧