早乙女勝元さん死去 大空襲を記録「戦争なくそうと」 共に取材した仲村さん

2022年5月13日 07時23分

戦時中の上野動物園について取材するため、早乙女勝元さんと一緒に訪れたことがある同園の前で思い出を語る仲村明子さん

 老衰のため十日に死去した東京大空襲・戦災資料センター名誉館長で作家の早乙女勝元さん。一緒に戦争体験者を取材したり、膨大な資料集めに協力したりしてきた著述業仲村明子さん(59)=台東区谷中=は「大空襲の記録を残すことで戦争をなくそうとした人だった」とその意志をたたえ、「早乙女さんがいなければ今の私はなかった」としのんだ。(西川正志)
 二人の出会いは一九九二年だった。当時、仲村さんが勤めていた足立区の図書館に早乙女さんが戦時中の日記を探しに来た。戦時中に日本占領下の外国から入ってくる徴発米について調べるためだった。
 興味がわいた仲村さんは区内だけでなく、他の都内や埼玉県内の図書館が所蔵する日記をリストアップした。取り寄せては関連しそうな部分に付箋を貼って五十冊を渡した。「ここまで調べてくれるのか」と早乙女さんは喜んだ。その後、早乙女さんは米の調達先で起こった悲劇を「ベトナム“200万人”餓死の記録」にまとめて出版した。
 以降、仲村さんは早乙女さんとともに、墜落した米軍爆撃機B29の搭乗員が日本兵に斬首された事件などを取材した。「二人で取材メモを突き合わせた。インタビューの仕方など取材のノウハウを教えてくれた」
 ある日、仲村さんがまとめたリポートを見た早乙女さんは「あなた、こっち(作家の世界)にこれますよ」と言ってくれた。背中を押され、仲村さんはライターとしての道を歩み始めた。
 膨大な資料を緻密に調べあげるだけでなく、庶民が語る証言を丹念に聞き取った早乙女さんを、仲村さんは「バラバラに語られた証言を集めて、大空襲の様子を立体化させる手法を確立させた」と評する。そして悼んだ。「相談にも乗ってくれるし、物書きの財産である人脈も紹介してくれた。理想のお父さんのような人でもあった」

関連キーワード


おすすめ情報

東京の新着

記事一覧