泉 麻人【東京深聞】ドラ板ホットケーキの名店で『ワンモア』(江戸川区・平井) ~ぐるり東京 町喫茶さんぽ~

2022年5月20日 09時30分
 

「泉麻人 絶対責任編集  東京深聞とうきょうしんぶん」がリニューアル!泉麻人さんとイラストレーターのなかむらるみさんが、東京の喫茶店をめぐる街さんぽエッセイ。さんぽ途中で町の喫茶店を訪れ、店の生い立ちなどをマスターに深く聞きます。今までの「東京近郊気まぐれ電鉄」もバックナンバーとしてお読みいただけます。

ドラ板ホットケーキの名店で『ワンモア』

 江戸川区の西端、荒川と中川の旧流に挟まれたような所に平井の町はある。都心の方から総武線に乗ると亀戸の次、新小岩の手前に駅があるけれど、わざわざ降りる人はあまりいないだろう。この平井に「ワンモア」という喫茶の名店があると知ったのは、常盤新平さんのエッセー本『東京の小さな喫茶店・再訪』で読んだのが最初だったと思う。それで10年ほど前に訪ねて以来、贔屓の喫茶店になった。深煎りのコーヒーも好みなのだが、軽食系がどれもいい。ホットケーキがテレビで紹介されて一時期大ブレイクしたが、僕はここのサンドウイッチが時折無性に食べたくなる。
 駅の北口に出て、すぐ先の道を右の方に100メートルかそこらいった左手。小さな交差点の角に「ワンモア」という見落としそうな看板が出ている。「香り高い珈琲を…」なんて文句を掲げた本格珈琲屋風でもなく、古民家カフェ調でもなく、ドラマの商店街のセットで作るような、何の変哲もない町の喫茶店という佇まいがいい。入ると、お客さんも“ふだん着のご近所さん”って感じの人が多い。
 厨房に入って仕事をするマスターの福井明さんは80代も半ばの年齢。ここ平井でワンモアを開いたのは1970年代の初めというが、それ以前、渋谷の「ロロ」という伝説の店で働いていたことがあった。ロロという喫茶店、僕の学生時代もセンター街の途中あたりにあった(「ロロ」とタテ書きした大きな看板が出ていた)が、福井さんがいらした60年代前半の頃は井の頭線のガード脇にあって、小さな店だったがバウムクーヘンが評判だったらしい。なんでも、皇太子と美智子妃(現在の上皇ご夫妻)御成婚の祝儀品にユーハイムなどの大手を押しのけて選ばれたという。
 ワンモアのメニューにバウムクーヘンはないけれど、厨房の特製銅板(福井さんは「ドラ板」と称している)で焼くホットケーキ、フレンチトーストも格別だ。

ドラ板で焼くホットケーキとフレンチトースト

 そして、お昼どきに訪ねた僕のお目当てはサンドウイッチ。ハムエッグサンドセットは、薄い食パン(11枚切り)3枚の間にハム、レタス、半熟のユデタマゴ、といった具がマヨネーズ、カラシで味つけされ、きちんと四角に切り揃えて盛りつけられている。こういう1口サイズのサンドウィッチ、「赤トンボ」という老舗のものが有名だが、僕はすべてのサンドウィッチがこのサイズになってもいい…と思っているほど好きなのだ。

オープンから13時まで提供しているハムエッグサンドセット(800円)

 コーヒーは、いくつもの豆種の名を掲げているわけではないが、ブラジル・サントスの“ナンバー2・スクリーン19”というのを深煎りしたものが定番。毎朝6時半頃に厨房脇の装置で焙煎が行われる。
 さて、今回は町の散策が後回しになったが、店のある北口の界隈を歩いてみよう。ひと頃まで総武線の線路端にあった「ぼうや商店」という看板を出した、昔ながらの平屋の駄菓子屋(僕が発見したときはすでに閉業していた)は、とうとう看板が取っ払われて、ただの廃屋になってしまった。切ない…。
 蔵前橋通りを渡ると、<弁天通り>という札をぽつりぽつりを掲げた、寂しい商店筋がある。くねった道を奥へ入った所にようやく本拠の弁天堂(安養寺)があるのだが、ここは弁天様よりも「ボケ除け白衣観音」という立像の方が目にとまる。しかし、この人気ひとけのない弁天通りはいつ来ても、つげ義春の「ねじ式」世界に紛れこんだような、独特の風情がある。
 蔵前橋通りぞいには「ポニー」というユニーク商品で知られる通販グッズのメーカーもあるけれど、平井で弁天以上に有名なのは聖天しょうてん様。旧中川の岸近くに平井聖天を祀った燈明寺がある。浅草の待乳山聖天まつちやましょうてん、熊谷の妻沼聖天めぬましょうでんとともに関東三大聖天の1つに数えられるらしいが、聖天様というのは位置付けや御利益がもう1つよくわからない。
 聖天堂は現在修復工事中で遠巻きに眺めるだけだったが、門前にある「金太郎煎餅」という昔風のせんべい屋は趣きがある。素朴なガラス鉢に入れてせんべいを並べ売りする、こういう店を見つけると、さほどせんべい好きでもないのについつい、2、3枚買ってしまう。

通りすがりに立ち寄った「金太郎煎餅」

今回訪れた喫茶店

ワンモア
住所 東京都江戸川区平井5-22-11
電話番号 03-3617-0160
営業時間 9:30~16:30(LO16:00)
定休日 月曜・日曜
※新型コロナウィルスの影響で、掲載したお店や施設の臨時休業および、営業時間などが変更になる場合がございます。事前にご確認ください。
※2022年5月20日時点での情報です。
※料金は原則的に税込み金額表示です。

PROFILE

◇泉麻人(コラムニスト)
1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。近著に『黄金の1980年代コラム』(三賢社)『夏の迷い子』(中央公論新社)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)、『1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。』(三賢社)、『冗談音楽の怪人・三木鶏郎』(新潮新書)、『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などがある。『大東京のらりくらりバス遊覧』の続編単行本が2021年2月下旬、東京新聞より発売された。
◇なかむらるみ(イラストレーター)
1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。
https://tsumamu.tumblr.com/

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