写真はわからない 撮る・読む・伝える──「体験的」写真論 小林紀晴(きせい)著

2022年5月15日 07時00分

◆言葉と向き合う複雑さ潜む
[評]大竹昭子(作家)

 バブル期に新聞社の写真部に入り、社会の流れに抵抗を覚えてアジアの旅へ。その成果を写文集『アジアン・ジャパニーズ』にまとめて大きな注目を浴びた写真家の一九九〇年代末から現在までの活動をたどりつつ、写真とは何かを考えていく。
 カメラとの付き合い方、人物を撮るのに相手をなごませる秘訣(ひけつ)、撮影後のセレクトのプロセスなど、すぐに活用できるアドバイスも多いが、次のような問いかけが本書をユニークなものにしている。「どうしたら写真を撮る者になれるのか。それは、写真よりも好きなものを持つことができるかどうか――。これに尽きると思う」
 写真は二の次のように聞こえるが、重要な指摘である。例えば、テレビが好きという人がいたとしよう。その人が惹(ひ)かれるのはテレビに映るものであり、空の受像機自体でないことは容易に想像がつく。
 同じようにカメラが好きなだけでは空っぽなのだ。好きなこと、夢中になれるものがあって、それをより深く知りたいとき、撮るという行為が威力を発揮する。ゆえに、写真以外の視点を持っていることは必然だ。視野の広がりと物の見方こそが、写真を撮る者の生命線なのである。 
 本書のもうひとつの特徴は、著者の言葉への態度である。「私の場合、作品を完成させる過程で必ずキーワードとなる言葉が必要だ。それがないまま進めることがなぜかどうしてもできない」
 写真家はよく、言葉にならないから写真を撮るのだ、と主張する。これは半分当たりで、半分外れている。物事を感じとるには言葉は要らないとしても、撮れたものについて考え、作品化するには言葉のプロセスが不可欠だからだ。指で押せば撮れてしまう安易さに留(とど)まらないところに、写真のおもしろさと複雑さが潜んでいるのだ。
 最後に彼は本書のタイトルである「写真はわからない」という言葉に行き着く。正解がないから続けられるし、終わりがない。「写真は人生と似ている」というフレーズに深くうなずくゆえんである。
(光文社新書・1078円)
1968年生まれ。写真家。写真集『孵化する夜の啼き声』、著書『父の感触』など。

◆もう1冊

小林紀晴著『愛のかたち』(河出文庫)

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