ベリングキャット デジタルハンター、国家の嘘を暴く エリオット・ヒギンズ著

2022年5月15日 07時00分

◆ネット情報駆使 真相に迫る
[評]武田徹(ジャーナリスト)

 アームチェア・ジャーナリストという言葉がある。肘掛けつきの椅子に座ったまま原稿を書く記者のことだが、現場に足を運ばない怠惰を蔑(さげす)むニュアンスを含む。
 自宅でネット情報をチェックし続けている著者のヒギンズ氏は典型的なアームチェア・ジャーナリストだ。だが、人びとがソーシャルメディア上で公開している情報を精査し、他のネット情報と照合した氏は、シリア政府軍がクラスター爆弾を使用していた事実を突き止めてしまう。
 CNNの番組で「無職の主夫が赤ちゃんの世話をしながら、シリア内戦のスクープをものしているのです」と紹介された氏は、やがて志を共有する仲間とネット上で協働する組織「ベリングキャット」を立ち上げる。権力者を猫に見立て、その首に鈴(ベル)をつけるように監視する決意をその名前に込めた。
 本書で明らかにされるベリングキャットの調査方法──オープンソース・インテリジェンス(OSINT(オシント))と呼ばれることが多いが、諜報(ちょうほう)活動を連想させるインテリジェンスの語を嫌う著者は「オープンソース調査」と称する──の実力に、読者は驚きを禁じ得まい。過去に遡(さかのぼ)って検索した画像やグーグルマップの航空写真などと突き合わせて撮影場所を特定。太陽に照らされて伸びる影の長さや角度から撮影時刻を割り出す。そうした多彩な方法を駆使するアームチェア・ジャーナリストは現場から遠く離れた場所にいても真相に近づける。そんな逆説がネット上に大量の情報が公開されている今や成り立つのだ。
 だが、いかにネット情報調査が進化しても、5W1Hの中のWHY(なぜ)は最後まで謎のまま残るだろう。なぜ人は悪魔のように残忍になれるのか。それを明らかにするのは当事者の肉声を聞き取る従来通りのジャーナリズムのはずだ。強力なオープンソース調査の登場は、それに見劣りしない強さをジャーナリズムに求める。アームチェアに座らないジャーナリストに一層の奮起を迫る一冊として本書を読むこともできよう。
(安原 和見訳、筑摩書房・2090円)
1979年生まれ。英ジャーナリスト。ウクライナで起きたマレーシア航空機撃墜事件へのロシア軍の関与を暴いた。

◆もう1冊

デイヴィッド・パトリカラコス著『140字の戦争 SNSが戦場を変えた』(早川書房)。江口泰子訳。

関連キーワード


おすすめ情報