沖縄民謡の「汀間(ていま)節」には悲しい恋の物語が歌われて…

2022年5月15日 07時01分
 沖縄民謡の「汀間(ていま)節」には悲しい恋の物語が歌われている。首里の役人がある村にやって来た。村の娘がこの役人に心を寄せる。二人は恋に落ちる▼役人が村を離れる日が来る。自分も一緒に首里に連れていって。そう、せがむ娘を役人はなだめる。「来年の四、五、六月に迎えに来るから待っていておくれ」。嫁ぐ日を夢見て娘は待った。けれども約束の季節がめぐってきても役人が村へ帰ってくることはなかった。娘は泣き暮らした▼<サー フンヌカナーヒャー マクトゥカヤ>−。歌の囃子(はやし)文句にある「フンヌ」とは本当、「マクトゥ」とは誠実。この恋は本物かと歌っているのだろう。一九七二年五月十五日。沖縄県の日本本土復帰から五十年の歳月が流れた。が、沖縄から今も聞こえてくるのは、あの悲しい歌ではなかろうか▼依然として米軍基地負担は重い。在日米軍専用施設の面積は本土復帰時から約三割減ったとはいえ、今なお全国の七割が集中する。復帰当時、沖縄県民が抱いた基地負担が「本土並み」になるという夢はかなえられていない▼経済はどうか。残念ながら「本土並み」は遠く、一人当たり県民所得は全国最下位が続く。本土復帰に夢見た幸せを運んでいないのなら日本政府は無責任な約束をして消えた、あの歌の役人だろう▼<マクトゥカヤ>。沖縄の期待に応えたい。娘は今も、待ち続けている。

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