活弁×AI=「デジベン」 さぁ喝采 浅草で29日、初上演
2022年5月16日 07時07分
人工知能(AI)で彩色したモノクロ映画に、活弁士がせりふや解説を付ける「デジベン」が今月末、浅草で初めて上演される。アナログとデジタルの融合が、伝統芸能の活弁に新風を巻き起こすか。
「AIが、きっとここはこういう色だという解析をするんです」
映像・音響機器のレンタル、販売を手掛ける「銀座サクラヤ」の営業担当、高野邦俊さん(46)が、台東区蔵前のスタジオで、パソコンを操作しながら説明する。百二十年前のフランス映画「月世界旅行」の有名な場面、ロケットが刺さった月の顔に、徐々に色が付いていく。上映時間約十二分の同作品の彩色は、高野さん手持ちの装備なら一日半で終わるという。
仕組みは次の通り。米アドビ社の画像処理ソフト「フォトショップ」で、デジタルデータ化したフィルムのコマ一つ一つに色を乗せていく。
その際に活躍するのが、AI「Adobe Sensei(アドビ先生)」を搭載した「ニューラルフィルター」。画像に対する複雑な調整をAIが瞬時に判断してくれる、昨秋リリースされたフォトショップの新機能だ。世界中からの処理指示を蓄積したクラウドに「教えを請い」、最適だと判断した色を付ける。クラウドに上がるデータは日々増えるため、アドビ先生もどんどん賢くなる。
十年来の活弁ファンという高野さん。公演時の機材レンタルなどで付き合いのあった活弁士の麻生八咫(やた)さん(70)、子八咫(こやた)さん(36)親子から「コロナ禍で公演がなくなったこの間に、活弁とデジタルを組み合わせて新しいステージが作れないか」と相談を受けた。
高野さん自身もデジタル技術の活用についてじっくり考える時間が増えていた。昨秋、アドビのクリエーター向けオンラインイベントで、ニューラルフィルターを知り、白黒フィルムを彩色してみたという。
かつては一コマずつ手作業で着色していたのが、AIの登場で格段に効率的に。さらにこうした技術を実装した画像ソフトの登場で「テレビ局や映画会社が何千万円もかけてきた技術がより身近になった」と高野さんは目を輝かせる。
一方で邦画の着色はまだ難しい。着物の繊細な色合いを再現するには、アドビ先生の経験値が足りないそうだ。
父の後を追い、十歳で活弁デビューした子八咫さんは、小さい頃から親しんできた白黒映画に色が付き「驚いたのひと言」。「こんな物が地面に落ちていたんだ」と新たな発見もあったという。
子八咫さんは「白黒サイレント映画になじみのない人たちにも、素晴らしい作品と活弁を知ってもらうチャンス」と意気込む。「月世界旅行」の語りは、カラー版を見た上で台本を練り直している。「リアルな興奮と、空想科学の良さを同時に出せたら。特に宇宙人の登場場面は必見」
コロナ下だからこそ生まれた「デジベン」の世界へ、さあ、お立ち会い−。
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八咫さん、子八咫さん父娘企画の「活弁と浅草オペラの浅草パラダイス」は、五月二十九日昼夜の二部、台東区の浅草公会堂で。前売り指定四千円ほか。公演の詳細はイベント名で検索を。
文と写真・小形佳奈
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