<沖縄復帰50年>沖縄2世姉妹「平和な未来を」 川崎で催し 歴史伝える講話や琉球舞踊
2022年5月16日 07時24分
沖縄の本土復帰から五十年を迎えた十五日、川崎市中原区の市平和館で「平和を願って」と題するイベントが開かれた。米軍基地が集中する沖縄で、復帰後もなお事件や騒音などの基地被害が続く歴史や現状を伝える講話のほか、沖縄の心を込めた琉球舞踊やピアノ演奏もあり、約百五十人の市民が沖縄の平和な未来を願った。
近畿大学非常勤講師の仲間恵子さん(56)と、琉球舞踊に取り組む川崎市高津区の仲間明鶴(あきつる)さん(53)の「沖縄二世」の姉妹が企画。沖縄県金武(きん)町出身の父を持ち、自らは本土で生まれた。
恵子さんは戦後の沖縄で「銃剣とブルドーザー」と称される土地の強制接収が行われ、米軍基地が造られた歴史を紹介。「沖縄の人たちは核も基地もない豊かな沖縄を願い、平和憲法をもつ日本に復帰したいと願いました」と振り返った。
復帰後も米軍による事件や事故は続き、「世界一危険な基地」とされる米軍普天間飛行場も返還されないとし、「小さな島に基地を押しつけているのは誰か。沖縄を本土の『捨て石』にさせない。私も、あなたも、平和を願っているのだから」と呼びかけた。
明鶴さんは、古典音楽「かぎやで風」や女性グループネーネーズが歌う「平和の琉歌」に合わせ、優美な踊りを披露。沖縄戦と月桃の花の情景を描いた名曲「月桃」のピアノ演奏もあり、市民らがマスクの下で小さく口ずさんでいた。
川崎市幸区の高松和世さん(77)は「米国の防衛も必要だけれど、沖縄に負担をかけている。学ばせてもらった」と感想。恵子さん、明鶴さんの父親で横浜市戸塚区の仲間賢(まさる)さん(86)は「復帰から五十年がたち、自分は日本人であり、沖縄人であるという気持ち。娘たちの企画で参加した方が喜んでくださればなにより」と目を細めていた。(安藤恭子)
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