金谷城の攻防に思いはせ 富津で遺構の一般公開再開 城郭ファンら10人参加

2022年5月16日 07時29分

金谷城遺構で四脚門跡などを巡った=富津市金谷で

 戦国時代に江戸湾を代表する海城として勇名をはせた金谷城の遺構(富津市金谷)の一般公開が十二日、再開された。千葉城郭保存活用会の主催。城郭ファンら約十人が参加し、同会代表の小室裕一さんの解説で、里見氏、正木氏、後北条氏の思惑が交錯した金谷城を巡る戦いに思いをはせた。
 金谷城は鋸山から西に延びる支尾根に築かれた城郭。遺構は土に埋もれ、現在は保養施設を所有する、東京都情報サービス産業健康保険組合(TJK)の管理地内にある。通常は見学ができない。
 しかし、千葉県内で山城に対する御城印発行の機運が高まり、地元鋸山美術館が昨年七月に金谷城の御城印を発行。同会の協力を得て、月一度の遺構の一般公開が始まった。小室さんは「貴重な歴史的遺構に、一般市民がアクセスしやすい環境づくりに積極的に配慮してくれた」と語る。
 敷地内にある保養施設「TJKリゾート金谷城」の改修工事のため見学会も一時中断し、半年ぶりの再開。小室さんは城だけでなく一帯の歴史とセットで説明し、「上総の海岸部の村々では、年貢の半分を三浦半島側の後北条氏に出す『半手』という手法で、後北条氏から攻撃を受けない手だてをとっていた」などと話していた。
 施設内にある四脚門(大手門)跡や石塁跡、物見台跡などの遺構も巡り、神奈川県から参加した男性(42)は「半手の話も興味深く、大変面白い説明会だった」と喜んでいた。(山本哲正)

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