ウクライナ避難民女性、「畑がたくさんある」福島へ 農業で自立目指す 政府は原発事故の教訓生かせるか

2022年5月19日 12時00分

畑に野菜の苗を植えるオリガさん=福島県二本松市で

 ロシアによる侵攻から逃れたウクライナの避難者が、日本に政府専用機で到着し1カ月が過ぎた。首都キーウ(キエフ)で暮らしていたオリガ・ルバンさん(34)もその一人で、「畑がたくさんあるから」と決めた避難先は福島県二本松市。戦争は泥沼化し避難生活も長期化の様相にもめげず、農業に汗を流している。住と職を奪われ、将来が見えないまま自立を求められるのは、11年前の東京電力福島第一原発事故の避難者と重なる。原発事故の教訓を踏まえ、避難者への支援を考えた。(大野孝志、中山岳、木原育子)

◆いつまで避難しないといけないのか…

 郡山駅から車で小一時間。ウグイスが鳴き、風が木立を揺らす。5月上旬、暖かな日差しが注ぐ二本松市の畑を訪れた。
 そこに、オリガさんが押す耕運機の音が響いた。キュウリ、ゴーヤー、ナス、パプリカ、シシトウ、スイカ―。肥料をまき、雑草予防と保温のマルチを敷き、苗を手で植える。苗は直売所で、個人や団体からの寄付金で買った。売るか、ピクルスにして保存するか。用途を考えて種類を選ぶ。
 キュウリのツルを伸ばすためのネットを張る。金属パイプで枠を作り、台風に備えて苗が小さいうちに、根を傷めないよう支柱を立てる。「植えるまでの準備が大切なのね。ウクライナでは、もっとシンプルよ」と英語で笑う。
 畑は、農家の遠藤瞳さん(77)が夫と死別した2年前から1人で守ってきた。市を通じて紹介した離れとともに、オリガさんに貸している。農作業も食事の支度も一緒。「いつまで避難しないといけないのか、分からないもん。自立できれば安心だよね」と遠藤さん。

◆問題は日本語だけ、あとは全部OK

遠藤さん(左)と一緒に畑を耕すオリガさん=福島県二本松市で

 英語もウクライナ語も話せない遠藤さんが「この苗はまだ小さいから植えられないよ。オーケー?」と助言すると、日本語はあいさつ程度のオリガさんが「OK」とうなずく。日常会話は、在日ウクライナ大使館からもらった小型翻訳機が頼り。誤訳も多い。オリガさんは「問題は日本語だけ。あとは全部OK」。週1回2時間、ボランティアから日本語を習い、数字は1000まで言えるようになった。
 「農業をできると聞いたから、福島に行こうと決めた。畑があれば、仕事がある」。土いじりは大好き。4月5日に政府専用機で来日し、翌未明に遠藤さん宅へ。その翌日には花壇をいじり、草むしりをした。

◆日本を第二の故郷に

 ウクライナ北部チェルニヒウ出身で、18歳まで実家の農業を手伝った。農業大を出て、キーウでIT機器販売会社の総務部副部長をしていた。職場は戦闘で破壊された。空襲警報が鳴ると、貴重品を入れたリュックと愛猫のトーシャ(オス、12歳)を抱え、集合住宅8階の自宅の風呂場や地下鉄の駅に身を潜めた。

戦闘で破壊されたオリガさんの職場=ウクライナ・キーウ市内で(オリガさん提供)

 チェルニヒウに帰ろうにも、近くにロシア軍がいる。キーウの自宅では、爆音が毎日続いた。着替えだけを持ち、トーシャを西部に避難する知人に預け、避難用の列車で隣国ポーランドや友人のいるドイツへ。
 もともと日本の文化や歴史に興味があった。現地で通訳をし、2020年に病死した故五代裕己さんが開いた剣道連盟に7年ほど前に入り、18年には大会で来日。福島への避難は、チェルノブイリ原発事故の調査で五代さんの協力を受けた木村真三・独協医科大准教授(54)や、連盟事務局長のルスラン・プルィルィプコさん(41)が提案した。
 「日本を第二の故郷にしたい。日本とウクライナの懸け橋になりたい」とオリガさんは願う。農作物を道の駅などで売り、小屋を片付けてワークショップを開き、料理を教えるといった構想を描く。避難がいつまで続くかは分からない。「まずは農業をベースにして、やれることを少しずつ」

◆ここで生きていけるだけの支援しないと

 ウクライナのことは片時も忘れない。毎晩、フェイスブックで両親と話す。故郷や親類の今の様子、一日どう過ごしたか、畑に何を植えたか。父セルゲイさん(57)と母スベトラーナさん(56)が「日本での生活や仕事が心配だが、危険なキーウを離れられたことはひと安心」とスマートフォンの画面で手を振る。

農作業中のオリガさん(左)を励ます木村准教授=福島県二本松市で

 生活資金などは、木村准教授が医療顧問を務めるNPO法人チェルノブイリ医療支援ネットワーク(福岡)で募る。ただ「お金は使えばなくなる。ここで生きていけるだけの支援をしないと」と木村准教授。
 チェルノブイリと福島の原発事故被災地で汚染や被ばくの実態を調べてきた。念頭にあるのは、チェルノブイリ事故で強制移住先になじめず、立ち入り禁止区域「ゾーン」の故郷に戻った「サマショール(自発的帰郷者)」のお年寄りの言葉だった。「事故で家と職を奪われた。国が与えたのは新しい家とカネ。農地はなかった。そんな所には住めない」ということだ。
 そうならないよう、身元保証人の木村准教授は支援の内容を考えている。
▶次ページ「原発被災者は今なお3万人超が避難」に続く
前のページ

おすすめ情報