<ワタシの「働く」 男女雇用均等法から見る>(中) 家庭との両立「先輩」が道

2022年5月19日 08時22分

研究の道に転じた均等法第一世代の大内章子さん=大阪市内で

 一九八九年、大学を卒業した大内章子さんが総合職として入社したのは大手商社。男女雇用機会均等法の施行から三年後の春だ。同期の男性と経理部門に配属され、大量の数字を目で追う日々が始まった。
 ところが、それとは別に女性の大内さんだけに課された業務があった。机ふきにお茶くみ、コピー取り、昼休みの電話当番。一般職の女性たちが担う仕事だ。「先輩の女性に溶け込めるように」という配慮だったのか、確かに孤立することなく親しくはなれた。

◆激務 将来描きにくく

 半面、男性と同じように残業や休日出勤は当たり前だった。入社間もない五月は大型連休も毎日出たし、遅い日は午後十一時まで机に向かった。繁忙期の残業は月百三十時間にも。
 長時間労働が当たり前のこうした状態が続けば、男性はずっと家庭を顧みることができない。そして、いつか結婚や出産をするかもしれない総合職の女性はそれに合わせざるを得ない。「社会を少しでも変えられたら」。そう願い、三年で退職した後は、経営学を専門とする研究者の道へ進んだ。現在は関西学院大専門職大学院の教授を務める。
 大内さんは九三年以来、八六年前後に総合職で採用された五十八人を追跡調査している。二〇一四年の段階で、新卒で入った会社に勤めていたのは二十一人。離職率は63・8%に上った。
 退職を選んだ女性の理由は大きく二つだ。一つは、男性に比べて異動の機会や仕事が限られて将来のキャリアが描けないこと、もう一つは家事や育児など家庭での責任が大きく、長時間労働をこなせないことだ。「MBA留学の試験で好成績を修めたが、留学生に選ばれなかった」「毎週末、単身赴任中の夫の元へ。自分が辞めれば丸く収まるのかとむなしくなった」…。過去三回にわたり、丁寧に聞き取った声は生々しい。
 ロールモデルとなる「先輩」がいないことが拍車をかけた。ある機械メーカーで社内最初の総合職女性の一人として働いていた女性(59)は、結婚を考えていた相手が転勤したのを機に三十代半ばで退職した。「子育てと仕事を両立している人がいなかった」。男女差別の解消を目指す均等法という「入り口」はできても、長く働き続けられる制度は未整備だった。
 ただ、法の施行から三十六年がたち、明るい兆しはある。女性の労働力人口の割合を年齢別に示す「労働力率」は、二十代後半〜三十代前半に下がり、三十代後半に再び上がる=グラフ。この「M字カーブ」は近年、谷が浅くなっているとされる。

◆出産前後の退職減る

 性別を問わず、子が一歳になるまで育児休業が取れるようになったのは一九九二年。国の調査によると、第一子出産前後の継続就業率は二〇一〇〜一四年で53・1%。それまでの四割程度を上回った。大内さんは「前を歩く先輩の道があることは大きい」と話す。

◆育休取る男性、徐々に増加

 加えて、働き方改革などを背景に、男性の育休取得率も徐々に伸びている。二〇年度は過去最高の12・65%を記録。とはいえ、女性の81・6%との差は大きく、取得期間も五日未満が28・33%を占める。
 大内さんは、それでも期待を口にする。「短期間でも取った男性が管理職になれば、男性の部下にも取得を勧め、女性のキャリア形成の理解者にもなる」。共働き世帯が増える中、男性の中にも「家庭との両立」という意識が少しずつ芽生えつつあるという。

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