<カジュアル美術館>オーギュスト・ロダン《カレーの市民》 決意、苦悩…生々しく 国立西洋美術館

2022年5月21日 07時06分

1884〜88年(1953年鋳造) ブロンズ 180×230×220センチ 国立西洋美術館所蔵

 口元をギュッと引き結び、厳しい表情を浮かべる人。頭を抱え込む人。肩を落としうつむく人−。簡素な衣服に、首に縄を掛けた姿は、まるで罪人のよう。六体の男性像からなる彫像は「考える人」で有名なオーギュスト・ロダンが制作した「カレーの市民」。四月にリニューアルオープンしたばかりの国立西洋美術館の前庭にたたずむ。
 「おいしい方のカレーじゃないですよ」と山枡(やまます)あおい研究員(27)が笑う。カレーとは、英仏海峡に面したフランス北部の港町。十四世紀の百年戦争で英国軍との激戦地となった。一三四七年、一年以上に及ぶ兵糧攻めに苦しむカレー側に対し、英国は主要な市民六人の命と引き換えに、全市民を助けるとの降伏条件を提示。これに対し、街の有力者ウスターシュ・ド・サン・ピエールら六人が出頭した−との逸話に基づいた作品という。

◆普遍的な人間性を

 英国王妃の嘆願により処刑は免れたが、命を賭して街を守った英雄として、カレー市は一八八四年、最初に名乗りを上げたウスターシュを顕彰する記念碑の制作をロダンに発注した。ところが、出来上がった碑は英雄然とした姿ではなく、城門の鍵を手に、はだしで歩む六人の群像だった。
 華々しさのかけらもない記念碑に当然、市は反発。さらにロダンは人々と同じ目線になるよう台座を不要と主張したが、これも市側には受け入れ難かった。揉(も)めに揉めた記念碑の除幕式が行われたのは、完成から数年後。結局、約二メートルの台座に載せられ、市内に置かれた。
 ほぼ等身大の六体の彫像の表情をうかがう。死への恐怖、決意と苦悩…。複雑な心情が生々しく伝わる。「ロダンは英雄としてでなく、私たちと同じ感情を持つ人間であること、普遍的な人間性を伝えたかったのではないでしょうか」と山枡研究員。完成作は世界十二カ所にあり、国内では同館が唯一という。

◆衣装表現を追求

《バルザック(習作)》1897年(1961年鋳造) ブロンズ 106×45×38センチ

 ロダン芸術の本質は、形をとことん追求することにあったという。同館十九世紀ホールには、その後制作した「バルザック(習作)」がある。「カレーの市民」とは異なり、服にドレープ感がなく、衣装の面的な表現へのこだわりが見える。これも発注者のフランス文芸家協会には「ずた袋」などと酷評されたが、実は「カレーの市民」の衣装表現の理想でもあったという。もし、この作風で「カレーの市民」が制作されていたら、市はどんな反応だっただろうか。
 戦争の功労者を英雄的に扱うことはままある。その裏に、どれだけの悲しみや苦悩、傷みがあるかもしれないのに。戦争の悲惨さを実感する昨今、「カレーの市民」に向き合うと、ふっとそのバイアスが解けていく感覚になった。
◆みる 「カレーの市民」は、東京都台東区上野公園の国立西洋美術館の前庭、「バルザック(習作)」は同館19世紀ホールに展示中。開館は午前9時半〜午後5時半(金・土曜は午後8時まで)。月曜休み。常設展は一般500円、大学生250円、高校生以下と18歳未満、65歳以上は無料。両作品は無料エリア内にある。
 文・飯田樹与

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