いのちの秘義 レイチェル・カーソン 「センス・オブ・ワンダー」の教え 若松英輔著

2022年5月22日 07時00分

◆自然に触れて生まれる喜び
[評]中村桂子(JT生命誌研究館 名誉館長)

 名著『沈黙の春』(一九六二年)の著者レイチェル・カーソンは晩年、ロジャーという男の子を息子とした。彼はレイチェルの亡くなった姪(めい)の息子だ。レイチェルは、ロジャーと海辺や草原などで共に過ごして、彼に「センス・オブ・ワンダー」を持たせることに専念した。『沈黙の春』で描いた、化学薬品による環境破壊を避けるには、誰もが「センス・オブ・ワンダー」をもつ必要があり、次世代にそれを伝えるのが大人の役割と考えてのことだ。
 その思いを記した遺著から、本書の著者は「いのちへの畏敬と愛を抱えながら生きることの大切さ」を読み取る。レイチェルが海洋学者であり詩人でもあるがゆえに、キリスト者でありながら身近な存在としての神々を感じていることが、「センス・オブ・ワンダー」という言葉を生んだという指摘は重要だ。
 著者の考察に耳を傾けよう。レイチェルとロジャーが自然の中で人間として関わり合う中で、ロジャーが自ら学び、感じる人になっていく過程こそ最重要メッセージであることを、本書は具体的にていねいに紹介する。毎年来ている海岸で、満月の夜にロジャーが海面や月を見ながら「ここにきてよかった」とささやく場面は特に印象的だ。レイチェルはこの時、彼が「センス・オブ・ワンダー」をもつ人になったと実感し、著者もそれを共有する。評者もだ。
 著者は、多くのエピソードで「センス・オブ・ワンダー」の本質を感じとった結果、「『終わりのない喜び』こそ『センス・オブ・ワンダー』にほかなりません」と結ぶ。その喜びは自然に触れるところから生まれることを、レイチェルが教えてくれるのだ。日常場面で語られるエピソードの一つ一つを、読者が自分の生き方に引きつけてどう受け止めるか。そこから一人一人に「センス・オブ・ワンダー」が生まれ、育まれていくと期待される。
 現代社会は、自然を利用・征服の対象にし、自然離れした生活をよしとしてきた。このまま進むのか。レイチェルや著者と共に歩むのか。選択の時だ。評者は後者を選ぶ。
(亜紀書房・1650円)
1968年生まれ。批評家・随筆家。『小林秀雄 美しい花』『常世の花 石牟礼道子』など。

◆もう1冊

アルベルト・シュヴァイツェル著『水と原生林のはざまで』(岩波文庫)。野村実訳。カーソンと同じく「命への畏敬」を説いた医師・哲学者の著書。

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