東京スカイツリー開業10年 世界一の電波塔の傍らで地元と苦楽を歩む「下町人情キラキラ橘商店街」

2022年5月22日 06時00分
 東京スカイツリー(634メートル、東京都墨田区)の開業から22日で10年。天空へとそびえ立つ世界一の電波塔は地元ににぎわいを生んだが、商店街には影ももたらした。ツリーから北東に1キロ、戦前から地元に根付く「下町人情キラキラ橘商店街」は、この10年をどう見るのか。(三宅千智)

◆「おもてなし」で効果 悩ましい事態も

 1927(昭和2)年に誕生した同商店街の正式名称は「向島橘銀座商店街協同組合」。戦時下の空襲をまぬかれた同区京島地区にある。470メートルに並ぶ約70店舗のほとんどが個人経営の小規模な店だ。
 バブル崩壊後の90年代以降、大型店の進出や店主の高齢化、後継者難などで店舗数は最盛期の137軒から半減した。その一方、近年は昭和レトロを愛する若者らが空き店舗にカフェなどをオープンし、商店街の活性化策として注目されている。
 揺れ動く老舗商店街の近所に10年前、登場したのがスカイツリーだった。「初心に戻って商店街の役割を見つめ直すきっかけになった」と振り返るのは、商店街事務局長の大和おおわ和道さん(68)だ。

スカイツリーへの思いを語る「下町人情キラキラ橘商店街」の大和和道事務局長=東京都墨田区で

 開業直後、ツリーの併設施設「東京ソラマチ」を含むスカイツリータウン全体の来場者は1年間で5000万人を突破した。商店街は女性用トイレを備えた無料休憩所を整備し、アイドルグループも結成して誘客に力を入れた。そんな「おもてなし」が効果を上げる傍ら、悩ましい事態も起きた。タウンの商業施設には、商店街が多く扱う食料品や日用品を売る店舗も入る。最寄りの京成曳舟駅周辺では連動して再開発が進められ、それらに客が流れた。

◆懐かしさ、人との触れ合いを大事に

 コロナ禍が売り上げ減に追い打ちをかける中で大和さんは何を考えたか。「懐かしさや人との触れ合いを大事にしよう」。商店街ならではの親しみやすさを改めて地道にアピールすることだった。
 例えば、2020年11月に開催した「キラキラ橘☆ほくほく!北斎」。墨田区ゆかりの浮世絵師、葛飾北斎の謎解きを取り入れた宝探しイベントは商店街全体を会場に、若者や家族連れに地元の良さを思い出してほしいとの思いを込めた。こうした取り組みは昨年、都主催の「東京商店街グランプリ」に選ばれた。
 大和さんは「支えてくれているのは半径500~700メートルの地域住民。大事にするべきは地元のお客さんだ。地域に愛されれば、住民自らがコンシェルジュになって外に宣伝してくれる」と強調する。

「連携して回遊性を高めたい」と話す墨田区観光協会の森山育子理事長=東京都墨田区で

 下町全体を俯瞰すれば、まだまだ課題はある。墨田区観光協会の森山育子理事長(58)は「スカイツリーの集客力が十分に生かされていない」と指摘する。ツリーで地元のイベントも紹介するなど「ツリーを起点にした回遊性」を高めていくことを提案する。
 インバウンド(訪日外国人)復活は見通せず、隅田川花火大会も中止。商店街ばかりでなく、観光業にとっても厳しい状況は続く。「だからこそ、スカイツリーを迷ったときの道しるべにしたい。下町の人たちとの連携を深め、ウィズコロナにおける街の活性化の道を探っていきたい」

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