<トヨザキが読む!豊﨑由美>佐藤亜紀『喜べ、幸いなる魂よ』 日本人が海外の話を書く意義

2022年5月23日 07時20分

KADOKAWA 2090円

 第百六十六回直木賞で、選考委員の林真理子が「なぜ日本人の作家が海外の話を書くのか」といった趣旨の否定的な選評を発表し、話題になりました。もちろん、書いたっていい。書く意味も意義もあるという証拠がここにあります。佐藤亜紀の『喜べ、幸いなる魂よ』。
 舞台となるのは十八世紀後半のベルギーはフランドル地方です。テオとヤネケは亜麻糸商として成功したファン・デール氏と、しっかり者の母のもとに生まれた男女の双生児。好人物のファン・デール氏は共に商売を始めた盟友が亡くなると、その息子ヤンを引き取り、ヤネケとテオとヤンの三人はきょうだいのように育てられていきます。
 とてつもなく頭が良く好奇心旺盛なヤネケ。思いやり深いヤン。性に関心を抱く年になったヤネケはヤンを誘って性交に夢中になり、やがて妊娠してしまいます。ところが、信仰熱心な単身女性たちだけで同じ界隈(かいわい)に集まって自活しながら、困っている人たちを助ける互助会的な組織「ベギン会」に入っている叔母のもとで出産すると、我が子が里子に出されようが平気の平左。ヤネケを愛していて、しかるべき年になったら彼女と結婚し、子供を一緒に育てたいというヤンの願いもむなしく、ベギン会での生活が気に入ったヤネケはそこで研究に没頭し、女性名では門前払いを食わされるからテオの名前を借りて論文を発表するようになります。
 母性や女性性に無関心で、ヤンに愛情を抱きながらも妻になりたいとは思わないヤネケ。ヤネケと一緒になりたい思いと邪魔をしたくない気持ちの間でもやもやを抱き続けるヤン。この二人の五十年近くにわたる関係を軸に、女性と自活、ミソジニー(女性嫌悪)のメカニズム、女性の連帯、人間の理想的な関係、知識や教養が持つ意味、産業の発展による搾取の構造の変容といった現代にも通じる複数のテーマが、趣向に富んだ物語の中で展開されていくんです。
 国や人種や時代が異なろうが、ひとが希求するのが個々の幸福であることに変わりはない。ヤネケの自由を大事にしたヤン。功名心とは無縁で、自分の名で本が出版されないことにも頓着せず、仕事や精神面でヤンを助け続けたヤネケ。恋愛よりも尊い友愛の関係を深めていった二人の姿は、あらゆる差異を超えて普遍的な魅力を備えている。これでもまだ、日本の作家が海外の話を書くことに疑義を呈しますか? (ライター)

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