プーチン氏はなぜ非合理なウクライナ侵略に突き進むのか…根底に歪んだ歴史観 ピョートル大帝への憧憬

2022年5月24日 06時00分
<ウクライナ危機を読み解く>

今年3月、クリミア併合8周年のイベントで。巨大なスクリーンに映し出されたプーチン大統領=AP

 ロシア軍が2月24日に始めたウクライナ戦争は長期化の様相を呈している。プーチン大統領を非合理な侵攻へ突き進ませたものは何だったのか。侵攻3カ月を機に改めて考えた。(元モスクワ支局長・常盤伸)

◆歪んだ国家認識の根源に妄想的信念

 ウクライナ国境にロシア軍部隊が集結しつつあった昨年7月。プーチン氏は「ロシアとウクライナとの歴史的一体性」と題した長文の論文を発表していた。「ウクライナの真の主権は、ロシアとの関係性によってのみ可能になる」と帝国的な歴史観を披露。ウクライナ侵攻を事前に正当化する狙いが読み取れる。
 プーチン氏は2008年4月、ブッシュ米大統領(当時)に「ウクライナは国ですらない」とゆがんだ認識を語っていた。
 侵攻の根源にはウクライナを「小ロシア」として併合した18世紀のエカテリーナ2世紀のロシア帝国の版図こそ本来の姿とする妄想的な信念がある。
 プーチン氏は首相時代を含め事実上、22年間、最高指導者の座にある。ソ連以降の指導者で独裁者スターリンに次ぐ長さだ。

 スターリン 1878~1953年。ソ連共産党書記長。農業集団化と工業化を進め、30年代以降、独裁者として君臨。対独戦に勝利する一方、国民への政治弾圧で膨大な犠牲者を出した。

 3年前、英紙の取材に「世界の指導者で最も尊敬する人物は?」と尋ねられると即座に「ピョートル大帝です」と答えた。いぶかる記者に「(ロシアの)大義が存在する限り彼は生き続ける」と言い放った。

 ピョートル大帝 1672~1725年。初代皇帝。近代化を推進し新首都ペテルブルクを建設。スウェーデンとの北方戦争に勝利した1721年以降、ロシアは帝国と称した。

 歴代皇帝やスターリンらと同様の長期支配により、プーチン氏は自らをロシア国家を体現する存在と意識するようになったのではないか。ロシアの行動原理は飽くなき膨張主義と力の論理にある。残る2年の任期中、ウクライナをロシア勢力圏に強引に組み込みたいと考えているようだ。

◆現実から遊離した心理状態 側近との面会を拒否

 しかも20年以降、新型コロナウイルス感染拡大で、プーチン氏の心理状態は現実から一層遊離していった。側近との面会はほとんど拒否。反米思想が強いオリガルヒで古くからの友人コワリチュク氏と、ロシア北部の別邸に引きこもり、「偉大なロシアを復興させるための計画を練っていた」(米紙)とされる。

 オリガルヒ ソ連崩壊後の市場経済化で天然資源などの富を独占した少数の新興実業家。プーチン氏は政治的な影響力を強めたオリガルヒを排除、忠誠を誓う者だけが残っている。

 プーチン氏が全面侵攻を決断した背景には偏見に満ちたウクライナ認識があった。ゼレンスキー政権は「ネオナチ」で国民から支持されず、ウクライナ軍の抵抗力は弱いと判断した。
 その半面、ロシア軍の実力を過信していた。盟友ショイグ国防相の下での軍事改革に満足し、14年のクリミア半島併合作戦は成功体験となった。プーチン氏はロシア軍の「電撃作戦」によってゼレンスキー政権は瞬く間に瓦解がかいするとの致命的な幻想を抱いたのだ。
 プーチン氏が最も警戒したのは唯一の超大国、米国の動きだ。昨年8月、アフガニスタンから撤退したバイデン米政権はウクライナへの軍事介入を早々に否定、プーチン氏を安心させた面があることは否めない。

◆国際法よりも上位の「プーチン主義憲法」

常盤伸・元モスクワ支局長

 見逃してはならないのが侵攻の大前提としてプーチン氏が約20年をかけて構築した専制体制だ。20年には総仕上げとして国際法よりも国内法を上位に置くことと、愛国主義などを明記した「プーチン主義憲法」が成立していた。ロシアの政治学者コレスニコフ氏は「言論の自由があり、独立したテレビ局が存在していればプーチン氏はとうの昔に退陣していただろう」と指摘。民主主義の欠如が現在も続く非人道的な侵攻を支えているのだ。
 かつてのプーチン氏は、側近や政権幹部の意見に耳を傾けているとの印象が強かった。しかし、侵攻直前からの状況を見れば、ある時点から個人独裁に変質していたのは明白だ。不条理な全面侵攻はスターリンのソ連やナチス・ドイツと同様、個人独裁特有の病理現象ともいえる。

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