ASEANとミャンマー 小野木昌弘・論説委員が聞く

2022年5月24日 07時49分
 ミャンマー国軍がクーデターで権力を奪って一年三カ月余。千七百人を超す市民を殺害し、民主派への弾圧が続くが、同国など十カ国が加盟する東南アジア諸国連合(ASEAN)は有効な打開策を打ち出せずにいる。「“隣人”としてどう対処すべきか」などをASEANに詳しい東京大大学院総合文化研究科の鈴木早苗准教授に聞いた。

<ASEAN議長声明の5項目> ミャンマー国軍の総司令官も交えた昨年4月の首脳会議で(1)暴力の即時停止(2)平和的解決に向け対話を開始(3)ASEANが特使を派遣(4)ASEANによる人道支援の提供(5)特使はミャンマーで全当事者と面会-で合意した。しかし、ミャンマー国軍は「国内が安定した後に慎重に検討する」として、受け入れは進んでいない。

◆英知絞り外交、地道に 東京大大学院准教授・鈴木早苗さん

 小野木 ASEANは事務局の権限は小さい半面、コンセンサス制(反対表明がない)のもとで議長国の役割は大きい=表参照。今年の議長国は、輪番でカンボジア。野党を排除するなど民主主義国とは言い難く、ミャンマー国軍や中国と親密です。
 鈴木 昨年の議長国は小国ブルネイ。事実上の采配はミャンマー国軍を批判するインドネシアが振りました。カンボジアは不満でしたが息子への禅譲を宣言したフン・セン首相は政治的遺産を残したがってもいます。
 小野木 今年の進展は。
 鈴木 対話の窓口が多少開かれたのは評価します。三月にASEAN特使(カンボジア外相)がミャンマー入りしました。拘束中のミャンマーの民主派指導者、アウンサンスーチーさんらとの面会を国軍に拒否されるなど、目立った成果はありませんでしたが。でも、特使がブルネイ外相だった昨年は、入国すらできなかったのです。
 小野木 加盟国間のミャンマーへの温度差で、ASEANが「正義」に近づけません。
 鈴木 米欧は人道的配慮、ジェノサイド(民族大量虐殺)犯罪の抑止など、国際社会の規範に沿った「正義」が貫かれているかを注視しています。
 対してASEAN加盟国間の温度差は「ミャンマーの政治体制をどうみるか」という現状認識の違いのように見えます。というのは、政治的安定のためなら、非自由主義的価値観を許容する感覚は一定程度共有されているような気がするからです。
 小野木 その感覚は、内政不干渉のルールにつながります。
 鈴木 内政不干渉は、国連憲章でも言及されている国際社会の規範ですが、ASEANでは設立以来、この原則が殊更、強調されてきました。特に設立直後の一九六〇〜七〇年代、ASEAN諸国は脱植民地化を経て、統一国家建設に注力せねばなりませんでした。分離独立運動や共産勢力の活発化など、国内での脅威に対処するために、互いに干渉しないと約束することは各国の国家建設を担ったエリート共通の利益だったのです。
 小野木 でも、ASEANは諸会議からミャンマー国軍を排除し続けています。「内政不干渉見直し」の機運でしょうか。
 鈴木 正面からの見直しはなされないまでも、地域に悪影響を及ぼす国内問題には関与すべきだという了解は既にあります。ミャンマー問題への関与も今回が初めてではありません。ただ、同国軍に同情的な加盟国(カンボジア、ラオス、タイ、ベトナムなど)は、排除に積極的には賛同しなかったとは思います。
 小野木 排除が問題の改善につながっていないようですが。
 鈴木 ミャンマー除名を主張する識者もASEAN内にはいますが、加盟国が一致できるとは思えません。会議からの排除や資格停止は、政治的なプレッシャーや国際的地位に敏感な国には機能しやすいものの、ミャンマーの場合には、そこまで国際的地位の維持に心を砕くという感じではないと思います。
 小野木 ASEAN首脳会議が昨年、ミャンマー国軍に出した五項目の要求は未達成です。強い態度で履行を求める姿勢に乏しくないですか。
 鈴木 五項目のコンセンサスには、強制力はないものの、具体的な内容が含まれています。今、ASEANの他にミャンマー国軍の行動に影響を与えることができるアクターはいるでしょうか。ロシアのウクライナ侵攻でかすみがちなミャンマー問題の改善に果たすASEANの役割は大きい。
 中小十カ国の集まりで、核保有国もないASEAN。問題解決のため、英知を絞った外交の展開が期待されています。ミャンマーの五項目をどう実行するか、近隣の仲間として粘り強く模索してほしいと思います。
 小野木 ミャンマー以外の問題について。ウクライナに軍事侵攻したロシアに、経済制裁を科したのはシンガポールだけ。国連の非難決議ではベトナムとラオスが棄権。ASEANは一丸になれません。
 鈴木 ASEAN地域フォーラム(ARF)という安全保障協議の場を常設したことで、「途上国の寄り合い所帯」と言われていたASEANに対する国際社会の評価が高まりました。その結果、一丸になれないASEANの体質も露呈され、「期待外れ」と批判の対象になったのも事実です。メディアも含め、期待が高すぎるのかもしれません。
 ちなみに、ASEAN諸国は全体として実は親ロシアです。ベトナムやラオスほどでないにしても、インドネシアなどの他の加盟国も、ロシアと経済・安全保障面で関係を強化したいと考えています。
 小野木 南シナ海の問題など、中国への対応でも加盟国間で温度差があります。
 鈴木 加盟国間の対立がないとしても、中小国の集まりであるASEANが、大国の中国をコントロールするのは、かなり難しい。最近の動きとしては、インドネシアやシンガポールなどが、中国の行動をより懸念するようになりましたが、親中国のカンボジアなどが、そこまで(中国支持の)大きな声を上げる状況でもなさそう。だからといって、ASEANが、中国により強硬な態度でまとまるかというと、そうはなりませんが。
 小野木 「インド太平洋」地域でASEANの地政学的重要度は増す一方。米中の綱引きで「ASEANは大変」とも見えますが「ハッピーな時期だ」と評する意見もあります。
 鈴木 「等距離外交」で、米中からより多くの援助を引き出すことには成功しているようです。ただ、米国のASEAN重視は、オバマ政権が頂点でした。トランプ政権が軽視しすぎたために、バイデン政権は軌道修正した程度です。ASEANを「中国への対抗手段」とみている点がオバマ政権とは異なります。
 小野木 第二次大戦後、日本はASEAN各国に戦後賠償などで深く関わってきましたが、近年、日本の存在感は、例えばミャンマー問題でも、軽くなる一途のようにも見えます。
 鈴木 「ASEANを援助する」時代は終わり、今は平等な関係を築くことに重心を移してもいいと思います。以前に比べ、日本は財政支援などで頑張っていますが、中国はASEAN諸国それぞれとの二国間のつながり、それも官僚同士でつながるということに力点を置いています。こうした中国の手法から学ぶことは多いと思います。
 中国は、ASEAN諸国と同様に、プラグマティズム(実用主義)を重視しています。必要があれば、日本とも連携します。中国に対抗するという意識を強めれば強めるほど、日本の国益は失われます。

<すずき・さなえ> 1975年、愛知県生まれ。東京大大学院総合文化研究科博士課程修了。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員などを経て、2020年から現職。専門は東南アジアの国際関係など。著書に『合意形成モデルとしてのASEAN−国際政治における議長国制度』(東京大学出版会)など。


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