肥大化したロシア国民の愛国心…プーチン政権がプロパガンダであおる 侵攻の出口は見えず
2022年5月25日 06時00分
<侵攻の深層 ①>
◆「プーチンに勝る指導者はいない」
ロシアが第2次大戦の対ナチス・ドイツ戦勝利を祝う5月9日。モスクワ中心「赤の広場」に大統領プーチンの演説が響き渡った。
「ウクライナはわが国の歴史的な土地に対して攻撃を画策していた」
「NATO(北大西洋条約機構)加盟国はわが国の隣で軍事開発を進めた」
ウクライナ侵攻を続けるプーチンは、根拠を示さずにウクライナや米国からの脅威を強調。演説恒例の「おめでとう」ではなく「わが軍に栄光を。勝利を」との言葉で締めくくった。
プーチン政権は侵攻を正当化するため、対独戦の記憶とウクライナでの軍事行動を結びつける巧妙なプロパガンダ(政治宣伝)を繰り広げる。
「プーチンに勝る指導者はいない。米国かぶれの大ばか野郎ゼレンスキー(ウクライナ大統領)は絞め殺してやる。その次はショルツ(ドイツ首相)だ」
観覧席にいた軍服姿のアントニーナ・コロボワ(100歳)はウクライナ侵攻に若き日の対独戦を重ね、興奮気味にまくしたてた。
◆国民の25%に「侵略的な思考」
ソ連は第2次大戦開戦前の1939年8月、ナチス・ドイツと相互不可侵条約を締結。秘密議定書でポーランドなどを分割し、それぞれの勢力圏に置くことを取り決めた。東欧にとってソ連はナチスに近い「侵略者」だが、継承国のロシアでこうした見方を公に発言すれば罪に問われる。
ソ連が欧州をナチズムから解放した―。この「戦勝神話」は、プーチンが2000年に大統領に就任して以降、拡散されていった。
対独戦勝利をたたえる黒とオレンジ色の「聖ゲオルギーリボン」の配布、退役軍人や戦没者を英雄視する5月9日の大行進「不滅の連隊」…。市民の発意という形を取りながら「実際に操っているのは政権」(ロシアの政治評論家)だ。
ソ連は第2次大戦で約2700万人もの犠牲を出した。ロシア人の多くに血のつながった戦没者がいる。社会主義イデオロギーが消えたソ連崩壊後、「戦勝神話」は国民統合の新たな精神的支柱となり、ロシア人の愛国心を肥大化させた。
政治評論家ドミトリー・オレシキンは、大統領選や統一地方選での投票傾向を調べ、ロシア人の約25%には「ソ連復活や民族主義を支持し、侵略的な思考がある」と分析する。
◆「ロシアはもう引き返せない」
ロシア軍は3月末、ウクライナ軍の激しい抵抗を受け、首都キーウ(キエフ)周辺から撤退。既に1万5000人を超えるロシア兵が死亡したとされる。
戦勝記念日の軍事パレードは苦戦を反映してか例年より規模が縮小され、侵攻の成果をアピールする舞台にはできなかった。それでもプーチンがウクライナをあきらめる気配はない。
「甚大な被害を出しながら『ウクライナ全土を奪え』と主戦論を唱える人々がいる。ロシアはもう引き返せない」。プーチン批判を続け、拘束・収監された民主派野党指導者アレクセイ・ナバリヌイ(45)の陣営で働く女性(22)は、そう嘆いた。(敬称略)
◇ ◇
ロシアによるウクライナ侵攻から24日で3カ月。プーチン氏が全面侵攻に踏み切った理由をひもとき、今後の行方を探る連載を4回にわたり掲載します。
【連載 侵攻の深層】
<2>ウクライナ侵攻の原型は「自作自演」か…プーチン氏が権力を握った爆破事件と謎の死
<3>語られ始めた「終末の日」…核で恫喝するロシア 「2週間余りで完了」の見通し外れ苦戦の裏返し
<4>プーチン氏の誤算…北欧2カ国が「中立」放棄 NATO拡大への怨念が真逆の結果を招いた
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