プーチン氏は「手ぬるい」 ロシアで高まる独裁者スターリン人気「民主主義ではなく『皇帝』が必要」

2022年5月25日 12時00分

9日、「不滅の連隊」でスターリンの肖像画を掲げて行進をする市民=モスクワのトベルスカヤ通りで

 市民や政敵を弾圧し、周辺国への侵攻を重ねた旧ソ連の独裁者スターリンがロシアで人気を集めている。冷戦期、米国と世界を二分した〝超大国ソ連〟への郷愁から、強い指導者を求める声が拡大した。一部の市民はプーチン大統領の対外政策がスターリンと比べて「手ぬるい」として奮起を促し、国際社会の批判をよそに、ウクライナでの「特別軍事作戦」の完遂に期待する。(モスクワ・小柳悠志、写真も)
 ナチス・ドイツに対する戦勝記念日の5月9日。モスクワでは退役軍人や戦没者をしのぶパレード「不滅の連隊」が行われた。

9日、赤の広場を歩くプーチン大統領(中央)

 起業家アレクサンドルさん(47)は「ロシアは広大な領土を持つ多民族国家。タフな指導者でないと務まらない」と言い、スターリンの旗を掲げた。弟ミハイルさん(44)も「ナチスを率いたヒトラーは暴君だが、スターリンは優れた専制君主だ」と相づちを打った。
 2人はプーチン氏について「頭は良いが政治家としては優しすぎる。議論などせず政策を断行しないと」と強権発動を求めた。ロシアのウクライナ侵攻に反発する北大西洋条約機構(NATO)に関し「加盟国を東方に広げるのを防いでほしい」と要望した。
 スターリンへの評価はソ連崩壊後のロシアで高まり続け、2019年の独立系世論調査機関レバダ・センターの調査では、7割がスターリンを「ロシア史において肯定的な役割を果たした」と回答した。
 スターリン人気について、レバダ・センターのグトコフ副所長は米政府系メディア「ラジオ自由」を通じて次のように説明している。
 スターリンは何百万人もの罪のない人を強制労働や銃殺で死に追いやったが、次第に粛清の恐怖が風化した。プーチン氏が00年に大統領に就任、対独戦の意義を強調し始めたことで、戦時指導者スターリンの役割に光が当たるようになったという。
 グトコフ氏は「ロシアの再スターリン化はプーチンの権力掌握とともに進んだ」と結論づけた。
 不滅の連隊でスターリンの肖像画を掲げた年金生活者セルゲイさん(60)は「スターリンは、革命でボロボロになったロシア空間をよみがえらせた。今は似た指導者プーチンがいる。彼は米国の言いなりになったウクライナを取り戻し、ソ連の版図を回復させられる」と期待した。
 レバダ・センターの4月の調査ではウクライナでの死者や街の破壊に関し「米国やNATOのせい」とする回答が57%を占め、「ロシアのせい」とするのは7%どまり。軍事作戦の支持率は74%で、前月と比べて微減したが依然多い。
 プーチン氏は与党「統一ロシア」を軸に政権翼賛体制をつくり、軍事作戦に対する賛同を取り付けた。軍事作戦に反対する市民も多いが、保守派の間では「ロシアは民主主義ではなく『皇帝』が必要だ」との主張が根強い。

 スターリン カフカス(コーカサス)地方ジョージア出身。イラン系のオセット人とされ、1917年のロシア革命(十月革命)に加わる。「ソ連建国の父」レーニンの死後、反対派を失脚させ、30年代から知識人や市民、少数民族を強制収容所に送り込むなどして粛清した。39年、ナチス・ドイツと相互不可侵条約を締結、ポーランドなど東欧や沿バルト諸国などの分割を密約で定め、対象地域を併合した。第2次大戦末期、米英首脳との「ヤルタ密約」を根拠に日ソ中立条約に違反して対日参戦し、終戦後に千島列島・北方領土に侵攻。旧日本軍の兵士ら、60万人超を抑留した。80年代末、ゴルバチョフ大統領(当時)や人権団体の尽力で、粛清された人々の復権が進んだ。


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