美子皇后、新たな洋装写真 113年前赤十字社総会 國民新聞贈呈か

2022年5月26日 07時22分

赤十字社総会に出席した際の明治天皇の后、美子皇后の洋装写真

 明治天皇の后(きさき)、美子(はるこ)皇后(昭憲皇太后(こうたいごう))が一九〇九(明治四十二)年六月四日、東京・日比谷公園で開かれた第十七回日本赤十字社(日赤)総会に出席された際とみられる洋装姿の写真が、都内の旧宮家関係者宅で新たに見つかった。写真の下に「國民新聞社謹製(きんせい)」と書かれた文字が記されており、新聞社関係者が撮影して宮家関係者に贈呈した可能性もある。
 写真は横九・五センチ、縦一四・五センチ。ボンネット型の帽子と洋服を着用した美子皇后が手にしている紙に「第十七回ノ総会」と書かれているのがみえる。
 第十七回総会が開かれた一九〇九年六月四日付の國民新聞朝刊には、美子皇后の御歌(みうた)とともに「皇室と赤十字社」と題する記事が一面に掲載。五日付四面では、会場の日比谷公園に詰め掛けた参会者の模様を伝える写真とともに総会の様子を詳報し、この日の皇后の様子も「灰色の御洋装に藤色のボンネットを頂き給へる」と記されていた。

美子皇后が出席した赤十字社総会の様子を2日にわたって伝える國民新聞のコピー

 赤十字社総会へ出席した美子皇后の写真では、皇后死去後に刊行された『昭憲皇太后史 全』(上田景二編)の口絵(くちえ)に収められた明治後期と思われる写真もあるが、服装が違うことから、今回見つかった写真とは別の総会のものとみられる。國民新聞は、明治から昭和にかけてのジャーナリスト徳富蘇峰(とくとみそほう)が一八九〇(明治二十三)年に創刊した日刊新聞で、一九四二年に都(みやこ)新聞と合併し、東京新聞となる。
 学習院大学史料館学芸員の長佐古(ながさこ)美奈子さんは「洋装の皇后写真は明治二十二年六月に鈴木真一、丸木利陽(りよう)によって撮影された公式の四葉の写真のほかには、絵はがきなどに印刷された不鮮明で真贋(しんがん)が不明な写真が多い。今回の写真は詳細が不明な部分が多いが、皇后を被写体として撮影していることは確かであり、皇后写真の新たな発見と言ってよいだろう」と話している。 (吉原康和)

関連キーワード


おすすめ情報