ジョージア映画に魅せられ 元岩波ホール・はらだたけひでさん 戦火絶えぬ小国の名作に光 人生第2章も貢献

2022年5月26日 07時25分

ジョージア映画祭について話すはらだたけひでさん=東京・内幸町で

 世界の埋もれた映画を発掘する。そんな「岩波ホール」の文化を長く担い続けてきた一人がはらだたけひでさん(68)だ。特にロシア南隣のジョージアにこだわり続ける。戦火の絶えなかった小国で、映画は懸命に生きた人々の記憶と記録の文化と感じてきた。映画人としての「第二章」を、この国の小さな映画館の再建に捧(ささ)げようとしている。 (稲熊均)
 「人の美しい本性が滅びることはない」。一九六七年のジョージア映画「祈り」の冒頭で、画面に登場する国民的作家プシャヴェラの言葉だ。物語は宗教上の激しい対立の中で、人間性の悪を象徴する男が勝ち、善を象徴する聖女が処刑される。それでも、次のカットで聖女の歩む姿が映し出され、善が不死であることを予感させる。
 「ジョージアは戦争と芸術の国といわれます。国の歴史が戦争という不条理に覆われながらも、人々が生きた証しを名産のワインのように豊穣(ほうじょう)な文化として刻み、民族としての独自性、豊かな人間性を育んできたと思うんです。その文化の中心に映画もある」
 はらださんがこだわるジョージア映画の魅力だ。「祈り」も含め、三十本あまりの名画を集めた「ジョージア映画祭2022」(はらださん企画・制作)が今年初めから岩波ホールを皮切りに全国を巡回している。奇(く)しくも映画祭のスタートは、今年七月末での岩波ホール閉館が発表された直後だった。
 「(同ホールでの)映画祭が成功裏に終了したために、何人もの観客からどうして閉館するのと尋ねられた」と寂しさは拭い切れない。

岩波ホールに入社したころのはらださん(右端)。左から2人目が総支配人の高野悦子さん(故人)、3人目が映画文化活動家の川喜多かしこさん(故人)

 映画人としてのはらださんの歩みは岩波ホールとともにあった。小平市に生まれ都立高校卒業後の七五年、同ホールに入社。当時、ホールはインド映画「大樹のうた」を第一作に、世界の埋もれた名画を発掘、上映する「エキプ・ド・シネマ(仏語で映画の仲間)」運動を始めたばかりだった。はらださんもさまざまな作品と触れ合う中で、七八年にジョージア映画「ピロスマニ」と出会ったことが大きな転機になっていく。
 ピロスマニとは、後に日本でも加藤登紀子さんが歌いヒットした「百万本のバラ」のモデルとされるジョージアの国民的な画家だ。
 「孤独な画家の人生と魂が、彼の絵も通してキリストの受難と重なるように清冽(せいれつ)に描かれている。ピロスマニの魂に触れるような感覚になる作品です。当時の岩波ホールは例えば(総支配人の)高野悦子さんが(ポーランドの)アンジェイ・ワイダ監督作品の日本公開に全身全霊を傾けたように、スタッフ個々が価値を見いだした監督や国、地域にこだわり発掘することを尊重していた。それが私にとってはジョージアでした」
 岩波ホールでは、二〇一九年に定年退職するまで、十七作品のジョージア映画の公開に携わり、退職後も前述の映画祭や新作の公開で協力してきた。
 映画以外でも、八六年に「日本グルジア(当時の共和国名)友の会」を設立するなど、文化交流に尽力し続けている。画家としての創作活動も評価され、昨年五月には、ジョージア東部シグナギ市の国立美術館で「はらだたけひで展」が開催された。今年に入ってからは、ピロスマニへのオマージュ(敬意)を込めて描いた作品を集めた「聖ピロスマニ展」がジョージア各地で巡回されている。
 そんな縁もあり、現地の関係者を通じて届いたのが、シグナギ市で進められている映画館再建計画への協力要請だ。「ウクライナ情勢の波及なども懸念され、まだ先行きが見えませんが…」と話しながらも、協力には前向きだ。
 「ジョージア文化、芸術の魅力をひと言で表現すれば、ポリフォニー(多声音楽)のような多彩さです。表現の手法が豊かで重層的だから、抑圧されたソ連時代も検閲をかいくぐり自由への願いを作品に潜ませることができた」とはらださん。
 「どんな時代にあっても民族が生きた記憶を刻むジョージア映画が絶えることはないと思います。そのためにも上映できる映画館を一つでも多く残そうという活動にはできる限り協力したいと思います」
<ジョージア> 北をロシア、南をトルコなどに囲まれた人口約370万人の共和国。主な宗教はキリスト教の東方正教(ジョージア正教)だが、東西交易の要所であったためさまざまな宗教、民族が共存している。周辺の国々から侵略を受け続け、19世紀にはロシア帝国に併合され1921年からはソ連に組み込まれた。ソ連崩壊前の1991年4月9日に独立したが、イスラム系住民の多い西部のアブハジアやロシア系住民の多い北部の南オセチアで分離独立を求める紛争が激化。2008年にはロシアが軍事侵攻する事態となった。ワイン発祥の地としても知られる。

◆各地で巡回映画祭

 「ジョージア映画祭2022」は、27日まで横浜市の横浜シネマリンで、28日から6月24日まで大阪市のシネ・ヌーヴォで、同22日から7月10日まで広島市映像文化ライブラリーで開催される。問い合わせはコミュニティシネマセンター=電050(3535)1573=へ。

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