あす横浜大空襲77年 牧師が守り通した鐘 海岸教会 戦禍耐え抜く 「平和考えるきっかけに」

2022年5月28日 07時06分

創建時から教会にある鐘を紹介する上山牧師=いずれも横浜市中区で

 今年、創立百五十年を迎えた横浜海岸教会(横浜市中区)は、一九四五年五月二十九日の横浜大空襲を耐え抜いた建物だ。一九二三年の関東大震災で倒壊・焼失した後に再建された教会堂は戦禍から七十七年を経て、かつてのたたずまいを保つ。戦時中の金属供出からも守られた鐘の音は今も港町に響き、歴史を刻み続けている。(神谷円香)

県庁や山下公園の近くにたたずむ横浜海岸教会

 「大空襲の際、当時の渡辺連平牧師が教会堂の屋根に上がって、降り掛かる焼夷(しょうい)弾を払ったと聞き伝えられています」。二〇一〇年に就任した上山(うえやま)修平牧師(67)は説明する。横浜大空襲では同区や南、西、神奈川区を中心に市街地が焼け、市内で推定約八千人が命を落としたとされる。だが、教会堂一帯の被害は比較的軽微で、教会堂は大きな損傷は免れたという。

月1回一般公開されている教会堂2階の礼拝堂

 戦時中、教会堂の鐘を守り通したのも渡辺牧師だった。鐘は一八七二年の創立を記念し、米国の教会から寄贈された。兵器を造るため、日常のあらゆる金属製品を国に供出するよう求められる中、渡辺牧師は「米国からの愛の贈り物を、鉄砲の弾にして送り返すなどできない」と拒んだ。一時は警察に捕らえられても守り通したといい、上山牧師は「牧師なら鐘を供出はできないと考えたと思う」と共感を示す。
 教会が創立したのはキリスト教禁制の時代だった。来日した米国の宣教師は聖書を使って日本人に英語を教え、七二年三月十日、学んだ若者九人が洗礼を受けた。この日を創立記念日とし、翌年に江戸時代から続いた禁教が解かれると、七五年、日本人のために建てられた日本初のプロテスタント教会として、現在の場所に教会堂が建てられた。
 関東大震災で失われた教会堂は、一九三三年に再建された。鐘は崩れた建物跡から見つかったという。
 八九年に市認定歴史的建造物となったが、その後も、存続が危ぶまれた時期があった。二〇一三年、築八十年となり改修のため壁紙をはがした際、二階にある礼拝堂の柱の根元が腐りかけていると判明。工事は中断し、建て替えも検討された。だが市と協議し、「壊してしまったら元には戻れない」と、歴史ある外観を変えずに内部の補強工事を行うと決まった。
 一年二カ月に及んだ工事を終えた一五年から、礼拝堂は月一回、一般公開を行ってきた。毎月第三金曜日午前十時〜午後三時に誰でも自由に出入りでき、午後零時十分から三十分間は、一般向けに聖書を解説する礼拝を行っている。
 毎週の日曜礼拝は大空襲から七十七年目となる二十九日も行う。上山牧師は「戦禍を逃れ、市民にも愛されてきた教会。ここが平和を考えるきっかけになれば」と願っている。

◆教会の誕生 発展伝える 開港資料館でミニ展示

旧館1階で開催されているパネル展=横浜市中区の横浜開港資料館で

 横浜海岸教会の歴史を伝える文書や写真、図面などの資料約500点は2015年、近接する横浜開港資料館(横浜市中区)に寄託された。同館では教会の創立150年を記念し、新館展示室2階ミニ展示コーナーで27日から、資料の一部の公開を始めた。
 7月3日までの前期は、教会の誕生と発展を伝える資料として、絵はがきで残る創建時の教会堂や、明治初期に教会で受洗した人の名簿などを展示。8月25日までの後期は、関東大震災後の再建に関する資料を公開する。入館料は一般200円など。
 また、入館無料の旧館1階記念ホールでも期間中、教会の歴史を概説するパネル展を実施。旧館は、教会とともに横浜大空襲を耐え抜いた旧英国総領事館で、今月28日から6月30日までは、英国総領事執務室だった記念室を特別公開する。
 新館、旧館ともに月曜休館、祝日は開館し翌日休館。

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