プリズン・サークル 坂上香著

2022年5月29日 07時00分

◆安心して過去 語れる場
[評]河原理子(ジャーナリスト、東京大特任教授)

 自分がしたことと向き合いちゃんと謝ってほしいのに、どうしてできないのか……。被害者側がそう言うのを何度か聞いたことがある。私も初めはそう思った。けれど、自分の存在を大切に感じられない人に「いのちの大切さ」は響かない。何が必要だろう? 一つの答えがここにある。
 回復共同体(TC)というプログラムが、十数年前、島根県にできた刑務所で始まった。見学して驚いた著者は、映像で記録しようと決める。TCは、著者がアメリカで取材して紹介してきた取り組みなのだ。が、日本の刑務所では「ありえない」と思っていた。
 舞台は、官民協働の新しい刑務所で、犯罪傾向の進んでいない男性を収容している。
 取材交渉は難航し、映画の完成まで十年。そのうち二年、島根県に通って撮影。出所後の姿も追った。映画の題が「プリズン・サークル」で、本書はその撮影記である。
 TCのプログラムは椅子を円形に並べて行う。参加者は幼少期から事件までの自分を見つめて、加害のみならず、被害や排除された経験も言葉にして、互いに耳を傾ける。
 民間の専門家が手伝って、なぜ暴力や犯罪になじんだのかをたどり直す。暴力が学びとられた行為なら、それを「学び落とす」のだ。
 まず言葉や感情を取り戻さなければならない。助けてもらえなかった経験ばかりだから、人に話すのは苦手だ。凄(すさ)まじい虐待、性的ないじめ、盗まなければ食べられなかった体験が、少しずつ語られる。
 窃盗には罪悪感がない、と正直な言葉も出るのだが、仕事道具を盗まれて薬物に手を出すようになった人が語るのを聞いて、彼は涙する。
 別の一人がふりかえる。「話すことで得たものが、すごい大きかったですよね。僕がずっと、捕まるまでごまかし続けてきたものって、これだったんだなって」
 安心して語れるこの場は、サンクチュアリと呼ばれる。場の力と、場をつくる難しさが伝わってくる。
 本書では著者自身の傷と切実な思いも明かされる。繊細な語りの誠実な記録である。
(岩波書店・2200円)
ドキュメンタリー映画監督、一橋大客員准教授。著書『ライファーズ 罪に向きあう』など。

◆もう1冊

野村俊明著『刑務所の精神科医 治療と刑罰のあいだで考えたこと』(みすず書房)

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