<社説>週のはじめに考える 金が天下を回らぬわけ

2022年5月29日 07時33分
 先のことを考えて不安になると食欲が低下する、という経験は誰にもあるでしょう。どうも将来の出来事の予期と食欲の制御は、ともに「前頭極」という脳の領域が関わっているらしく、ストレスのかかる状況が予期され、前頭極が活性化すると、いわば側杖(そばづえ)を食って食欲まで抑制されてしまう−。そんなメカニズムなのではないかと、ある研究は推論しています。

◆使わない・ため込む

 とにかく、「気の持ちよう」がいろいろな影響をもたらすのは確かです。英語ならマインド(mind)でしょうが、経済の世界で折々使われるのが「消費(者)マインド」という言葉。モノやサービスの購買意欲、お金を使おうとする気持ちです。人々の気の持ちようは経済も左右するわけです。
 消費といえば、最近は、スーパーで買い物をしていると、どんどん食欲がなくなっていくという人もいるかもしれませんね。それほど物価高が国民の暮らしを圧迫し始めています。総務省が発表した四月の全国消費者物価指数は前年同月比で2・1%の上昇。数字の上では、政府や日銀が目標に掲げてきた2%に達した形ですが、中身がいけません。
 消費が伸びた結果の物価上昇なら健康ですが、現下の状況は、ロシアのウクライナ侵攻に伴う資源高や円安による輸入価格の上昇が主因。ただ家計を苦しめるだけの「悪い物価上昇」です。
 国内総生産(GDP)の過半を占める個人消費の低迷こそ、長きにわたる日本経済不振の勘所ですが、それはつまり国民がお金を使ってくれないということ。対策の一つは、単純に可処分所得を増やすこと、つまり賃上げです。このところ、円安などを背景に多くの企業が好業績に沸いていますが、それに見合った賃上げがなされてはいません。物価上昇にのみ込まれる水準では、消費マインドが上向くはずもありません。
 むしろ、使えるはずのお金さえためる、という傾向が長く続いているようです。なにせ預貯金など家計の金融資産は実に二千兆円。コロナ禍で使い道が限定された結果、収入が貯蓄に回る傾向は一層加速しているといいます。
 いうなれば、「金が天下を回らない」状態ですが、では、なぜ国民は使わずにためるのか−。消費の不振も食欲の不振と似た話で、多分、一番の理由は将来への不安でしょう。そういえば、英語のmindには「用心する」の意味もありました。

◆用心したくなって当然

 実際、不穏なことも多い世の中です。地球温暖化のせいか自然災害はどんどん激甚化、感染症への警戒にも気は抜けません。一方、ロシアのウクライナ侵攻や中国の強権ぶり、米中対立の深刻化など国際情勢も動揺しています。暮らしに目を向ければ、少子高齢化と財政難を背景に、年金、医療など社会保障はどんどんやせ細っている。少し前、「老後には年金以外に二千万円必要」とする金融庁審議会の報告書を巡るドタバタ劇があったことも思い出します。
 こんな具合ですから、先々への不安を感じるなという方が無理かもしれません。それでも、もし、国民にお金をためずに使ってほしいと願うのなら、政治は不安を和らげることをするのが当然。しかし、むしろ逆と思えることも少なくありません。
 例えば、政府が折々に使う「自助」という言葉。「公助」の貧弱化の裏返しで、気持ちを防衛的にします。国民にお金を使ってほしいはずなのに、「ためろ」と促しているようなものでしょう。
 最近、自民党の調査会がまとめた提言もしかり。「反撃能力」とソフトに呼び替えて、敵基地攻撃能力を新たに保有するよう求めていますが、わが国の平和主義の核心ともいうべき「専守防衛」を捨て去ることになるのですから、むしろ戦争へと近づく。国民の不安がいや増すだけです。
 資源高などを背景に原発回帰を策す動きもありますが、あの悲惨な原発事故で放射能の広範囲な拡散に国中がおびえたのは、まだ十年ほど前のこと。不安を増しこそすれ和らげはしないでしょう。

◆不安軽減からの循環

 無論、容易なことではありませんが、例えば、財政難だから公助を「削る」、のではなく、「立て直す」から始めるのはどうでしょう。とにかくまず、人々の将来への不安を少しでも軽減するところからサイクルをスタートさせる。もし、不安が減じれば財布のひもも少しずつゆるむはず。消費が伸びて、金が天下を回るようになれば、企業収益も税収も増えて、財政難も和らぎ、さらに社会保障の充実につながる。それがまた国民の安心感を増し…。こういう好循環はできないものでしょうか。

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