江戸時代の高崎城主 大河内松平家の面影、今に 県立歴史博物館で125点展示

2022年5月29日 07時45分

展示している県重要文化財の具足(右)など=いずれも高崎市で

 江戸時代の高崎城主を務めた大河内(おおこうち)松平家にまつわる品々を集めた特別展「高崎藩のお殿様−大河内松平家の至宝−」が、高崎市綿貫町の県立歴史博物館で開かれている。県重要文化財の具足や幕末に現在の下仁田町で起きた下仁田戦争の絵図など計百二十五点が並ぶ。六月五日まで。(菅原洋)
 大河内松平家は平安末期の源氏、源頼政が祖先と伝える名家。徳川幕府の老中を務め、島原の乱を平定した「知恵伊豆」と呼ばれる松平信綱の孫、輝貞から高崎藩主となった。輝貞は徳川綱吉や吉宗に仕え、老中格となり、子孫が幕末まで高崎藩主を続けた。
 展示しているのは、同館の所蔵品を中心にした一七〇〇年代から一八〇〇年代の品々。県重文の具足など計約十点は大河内松平家の剣術指南役だった高崎藩士の嶋田家に伝来し、輝貞の好みによって作られた貴重な武具という。輝貞の木像や書状も並ぶ。

下仁田戦争絵図

 一方、幕末の一八六四(元治元)年、水戸藩で天皇を尊んで異国を排斥する「尊王攘夷(じょうい)」を掲げる「天狗(てんぐ)党」が挙兵し、現在の群馬県内へ進軍。高崎藩が下仁田で交戦したが、藩は敗れて三十六人が討ち死にし、天狗党の死者は四人にとどまったと伝わる。この下仁田戦争の絵図は色彩も用いて当時の下仁田一帯の様子を伝えている。
 同館学芸係の江原幸太郎主任は「大河内松平家は最も長く高崎藩主を務め、伝わる品々も多い。大河内松平家の品々をまとめて見学できる貴重な機会。あまり知られていない下仁田戦争についても知ってほしい」と話している。
 新型コロナウイルス対策のため、同館のホームページなどからの事前予約が原則必要。一般五百円、大学高校生二百五十円。原則月曜休館。

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