受精卵ゲノム編集めぐり各国で法規制進む 中国で誕生の女児「健康良好」も懸念の声やまず 日本でも議論続く

2022年5月31日 06時00分
ドイツ・ベルリンの研究機関で2018年5月、「クリスパー・キャス9」による遺伝子改変の過程を顕微鏡で観察する研究者(AP)

ドイツ・ベルリンの研究機関で2018年5月、「クリスパー・キャス9」による遺伝子改変の過程を顕微鏡で観察する研究者(AP)

 中国で2019年、遺伝子を改変するゲノム編集技術を使って3人の赤ちゃんを誕生させたとして違法医療行為罪に問われ、懲役3年の判決を受けた南方科技大(広東省)の元副教授が今春、釈放された。3人の健康状態は良好とされるが、専門家からは将来の影響を懸念する声が根強い。各国で禁止の法整備が進み、日本でも議論が続く。(北京・坪井千隼)

◆消息明かさない中国政府 

「中国政府の担当者から3人は今のところ健康面で異常はなく、家族と暮らしていると聞いた」
 ゲノム編集技術を研究する専門家は本紙の取材に語った。中国政府はこれまで、健康状態を含め3人の消息を一切明かしていない。
 元副教授は18~19年、「クリスパー・キャス9」というゲノム編集技術を使い、2組のカップルの受精卵の遺伝子を改変、双子を含む3人の赤ちゃんを誕生させた。国内外からの批判を受け、大学は元副教授を解雇。19年12月、懲役3年と罰金300万元(約5700万円)を言い渡され、服役していた。

◆目的はHIV感染予防だったが

 3人の父親はいずれもエイズウイルス(HIV)に感染しており、子供にHIV感染の耐性を付けることが目的だった。
 だが、人間の遺伝子は全ての機能が解明されたわけではない。遺伝子改変による影響は不明な部分も多く、中国湖北省にある華中科技大の雷瑞鵬教授(生命倫理学)は「元副教授の狙い通りにHIV感染への耐性が強まったとしても、他の感染症にかかりやすくなる恐れがある」と話す。
 「HIV感染を防ぐには、ほかに有効な方法があった。安全性が未確認の危険な手段を用いたのは大問題だ」と雷氏。3人のために専用の施設を用意し、遺伝子学者や医師らが定期的に検査や健康観察を行う必要があるとした。

◆日本では法規制なし

 遺伝子編集は、子どもの容姿や能力を遺伝子レベルで好きなように設計する「デザイナー・ベビー」の普及にもつながりかねない。
 北海道大の石井哲也教授(生命倫理学)は「遺伝子組み換え作物のように、遺伝子を設計し、能力増強した子どもだけが生まれる世界になりかねない。多様性の価値や命の尊厳が崩れてしまう」と警鐘を鳴らす。
 世界保健機関(WHO)専門家委員会は昨年7月、遺伝子改変で「経済的・社会的な不平等が拡大する危険性がある」と懸念を表明。各国は規制強化に乗り出している。中国政府は20年、遺伝子改変した受精卵を人の体内に戻した場合、最大で懲役7年を科す刑法改正を行った。英国やドイツも罰則付きの法律で禁止している。
 日本では倫理指針で禁止されているだけで、法律による規制はない。厚生労働省の専門家委員会は20年、法規制が必要だとの意見を取りまとめ、今も検討が進んでいる。石井氏は「元副教授がやったことを日本で誰かがやろうとした時、止める法律はない。法規制を急ぐ必要がある」と語った。

 クリスパー・キャス9 生物の設計図である遺伝子を、はさみで切り貼りするように改変するゲノム編集技術の一つ。2012年に開発された。遺伝子の狙った部位をピンポイントで変えられるのが特長。それまでの方法と比べ格段に効率よくゲノム編集が行えるようになり、農作物の改良や医療研究など幅広く使われている。20年にノーベル化学賞を受賞した。

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