空の忍者・雹(ひょう)の通り道を探る 八王子・あきる野「雹留山」

2022年5月31日 07時02分

雹留山の榛名神社を確認する八王子市の郷土史研究会のメンバー=あきる野市で

 春先から秋にかけて、農作物や建物に被害をもたらす気象現象の一つが雹(ひょう)だ。突然現れて去って行く「空の忍者」のような雹雲。発生の予測はいまだ進んでいないが、雹が降りやすい「雹の通り道」がある、と伝わる地域もある。八王子市とあきる野市の境にある「雹留山(ひょうどめやま)」で郷土史研究家らの案内のもと、通り道のヒントを探った。
 八王子市川口郷土史研究会の五味元さん(83)、車田勝彦さん(80)、岡村繁雄さん(68)とともに、秋川丘陵沿いのハイキングコースに向かった。「雹留山」の看板からそれて獣道のような細い道を進むと、小さなほこらが現れた。車田さんが「このほこらが、榛名神社です」と示してくれた。
 「雹留山」の別名は「榛名山」。群馬県高崎市の榛名山にある榛名神社も落雷除(よ)けや雹除けの信仰で知られる。しかし、雹留山の高さはわずか二百七十メートルほど。どうやって雹を止めるのか−。
 「雹留山の方に黒い雲がかかってきたら雹に注意するように、との伝承があるんです」。五味さんが地元の古老から聞いた話を教えてくれた。

雹留山の山頂から見下ろすと桑畑ではなくゴルフ場が広がる=あきる野市で

 かつて、八王子市は養蚕業が盛んだった。蚕が食べる桑の葉を育てていた住民にとって、雹で桑が傷つけられると、生活ができなくなる。昔の住民は雹留山を挟んで北西から南東を「雹の通り道」と考えていたと思われる。つまり「雹留山」は、雹を止める山ではなく、雹雲が来る方角の目安になっていたようだ。
 八王子だけではなく、茨城県北部や長野県の農家の間でも「雹の通り道」があると伝わっている。数十年前には、関東北部の山地から東や南東へ延びる複数の「通り道」を示す論文も発表された。しかし、短時間で局地的な現象であることなどから確認が難しく、研究は進んでいない。
 農業を中心とした生活を送っていた先人たちにとって、雹は大きな脅威。その動向に細心の注意をはらっていたはずだ。実際に「雹の通り道」があるのか、ないのかは解明されていないが、空を見上げる目には「雹の通り道」が映っていたのかもしれない。

◆発生条件 解明これから

2014年6月24日に三鷹市に降った雹

 雹は氷の塊だが、寒い冬ではなく、夏を代表する雲・積乱雲から生まれる。
 地面が暖かくなると、空気は上昇して、積乱雲になる。暖かい時期でも上空の気温は低いため、空気の中の雨粒は周囲の水分を取り込みながら氷の塊になる。ほとんどは地表に落ちる時には解けて雨になっているが、上昇気流が強いと上昇と下降を繰り返し、大きな氷の粒になって落下する。直径5ミリ未満なら「あられ」、5ミリ以上なら「雹」と呼ばれる。
 ただし、積乱雲が発生すれば必ず雹が降るわけではない。雹は頻繁には降らない上に、せいぜい数十分程度の局地的な現象。人がいない山林に降ることもあり、降った場所や原因を正確に把握するのは難しい。
 防災科学技術研究所(茨城県つくば市)の出世(しゅっせ)ゆかり主任研究員は「地形や大気の状況など、地表まで降ってくるのにどういう条件が必要かは分かっていない」と話す。
 同研究所では数年前から、出世さんらを中心に雹害のデータベース化を進めている。「雹を降らせる雲について理解を深めることで、『通り道』も解明されるかもしれない」と出世さんは話している。
 文と写真・布施谷航、平野皓士朗
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