<書評>『橋川文三とその浪曼』杉田俊介 著

2022年6月5日 07時00分

◆異貌の思想史家 4大対決
[評]平山周吉(雑文家)

 「異様な、半ば病的な悪戦苦闘を続けた」と著者は、生誕百年を迎えた「文人学者」橋川文三の生涯を要約している。橋川にラブコールを送り続けた三島由紀夫は、「貴兄の文体の冴(さ)えや頭脳の犀利(さいり)には、どこか、悪魔的なものがある」とかつて評した。
 『橋川文三とその浪曼』は、大正十一(一九二二)年生まれの「戦中派」で、近代日本の精神史に最も肉薄した、この異貌(いぼう)の思想史家の肖像を、四つの「対決」を通して描いた大著だ。「対決」の相手は保田與重郎、丸山眞男、柳田国男、三島由紀夫とヘビー級の巨人ばかりで、相手に不足はない。『日本浪曼派批判序説』でデビューする橋川が、三島の死に遭遇するまでの思想的「対決」の遍歴が本書のテーマである。
 なかでは、大恩人であり「師」でもあった丸山の日本ファシズム論を批判する第二章と、生涯に一度も会うことはなかったが、世代的に共感し、相互に影響を与え合った三島の美的革命を批判した第四章が、切れば血が出るといったスリリングな「対決」として描かれている。
 丸山の有名な論文「軍国支配者の精神形態」の担当編集者は若き日の橋川だった。東京裁判の審理に基づいて「日本ファシズムの矮小(わいしょう)性」と「無責任の体系」をあぶり出した論文は近代日本批判の教科書ともいえる。橋川の仕事は、教科書=正史が書き落とし、無視した人物や事件から、近代日本の超国家主義やナショナリズムを描き改めることだった。
 三島との場合は、「対決」よりも共鳴感が強い。橋川から三島への影響だけでなく、その反面も本書は重視する。「一九七〇年前後の橋川の理論的な急進化は、三島から無意識的に、言葉ではなく存在を通して」影響を受けたとし、三島への応答をずっと書きあぐねた橋川の晩年までを描く。
 橋川の「対決」相手にはまだ竹内好、西郷隆盛、北一輝が残っている。続編に期待するが、ただ、「対決」相手を書き込み過ぎないように、注意してほしい。主人公はあくまでも橋川なのだから。
(河出書房新社・4290円)
1975年生まれ。批評家。著書『マジョリティ男性にとってまっとうさとは何か』など。

◆もう1冊

橋川文三著『ナショナリズム その神話と論理』(ちくま学芸文庫)

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