<考える広場>日本映画の現在地

2022年6月7日 07時23分
 小津安二郎、黒沢明ら世界的な名監督を生んできた日本映画界。今年三月、濱口竜介監督の「ドライブ・マイ・カー」が米アカデミー賞でオスカーを獲得し、かつての輝きを取り戻しつつあるようにも見える。引き続き、世界の映画ファンを魅了する作品を世に出せるだろうか。

<近年の日本映画> 英国放送協会(BBC)が2016年に選出した「21世紀最高の映画100本」の中で、ランクインした日本映画は宮崎駿監督「千と千尋の神隠し」(4位)のみ。低迷が深刻だったが、18年のカンヌ国際映画祭で是枝裕和監督の「万引き家族」が最高賞、昨年の同映画祭では、濱口竜介監督「ドライブ・マイ・カー」が脚本賞などを受賞、今年の米アカデミー賞では国際長編映画賞に輝いた。

◆地に足着かぬ作品も 映画評論家 山根貞男さん

 濱口竜介監督は、若い世代の中では最も才能があると言ってもいい人です。「ドライブ・マイ・カー」も、いい映画だと思います。ただ、一本の映画として、全て素晴らしいと言うのはためらいます。
 あの映画には、二つの物語があります。演出家である主人公の夫婦の話と、演劇を演出する話。前者は、よくある話です。一方、後者では、多国籍の俳優が登場し、多言語が飛び交う。日本映画の枠を超え、とても面白いと思いました。
 アカデミー賞の受賞をきっかけに、あの映画を見て、感動したという人は少ないでしょう。え、こんなヘンな世界があるの。そう感じた人が多いはずです。そう、あれはヘンな映画です。そこが面白いんだと僕は言いたいですね。
 映画を作る側は、ヒットを狙います。地味で渋い作品は一般受けしません。それで、テレビドラマや漫画の映画化が増えます。見る側も、特に若い人はテレビで知っているから映画も見にいく。そこには意外性も驚きもありません。
 近年、韓国映画には質の高い作品が目立ちます。なぜ、日本ではこういう映画を作れないのかと思うことが度々あります。韓国映画は緻密で、土台がしっかりしています。日本映画の中には、地に足が着かず、フワフワしたような印象の作品も少なくありません。
 韓国の映画業界はシビアなので、誰でも映画を撮れるわけではないそうです。日本では、少しお金があれば誰でも撮れます。二十一世紀に入って映画の製作本数は増えましたが、量の拡大が質として結晶していないような気がします。
 映画作りで軸になるのはプロデューサーです。今は、力や才能のあるプロデューサーが活躍する場が少ない。その結果、優れた監督が活躍する機会もなくなっています。日本には、世界的レベルの監督が何人もいます。力を発揮できる場がないのは残念なことです。
 映画を見る環境も大きく変わりました。配信が悪いとは言いません。だけど、映画は本来、映画館の大画面にのみ込まれるように見るもので、いわば全身の体験です。スマートフォンの小さい画面で、のぞくだけでは映画的感性は磨けません。これからどうなるのか。僕は、楽観的ではありません。(聞き手・越智俊至)

<やまね・さだお> 1939年、大阪府生まれ。『日本映画時評集成』(全3巻)『マキノ雅弘 映画という祭り』など著書多数。編集を担当した『日本映画作品大事典』が昨年6月に刊行された。

◆プロデューサー不在 フリーストーンプロダクションズ代表 高松美由紀さん

 「ドライブ・マイ・カー」の濱口竜介監督は世界の表舞台で評価されるべき方だと「ハッピーアワー」の時から感じていて、妥当な評価でしょう。アジア映画は欧米人にとって言語の問題などハードルが高いけど、「万引き家族」「パラサイト」とアジア映画がカンヌ国際映画祭で賞レースに入る流れがあり、受け入れられやすい環境でした。村上春樹さんの世界的な知名度も後押ししたと思います。
 海外では字幕で映画を見る文化が浸透していません。字幕を見慣れている映画人や映画ファンを除いて一般レベルではわざわざアジア映画を字幕で見る文化はまだ乏しい。アニメは別として、日本の実写映画は市場が小さく、各国のミニシアターで上映されることが多いです。
 海外セールスは以前から行われてきましたが、日本では権利を積極的に売買する意識が低く、注目されてきませんでした。大手映画製作会社ではなく、私の会社のような独立系のセールスカンパニーが海外の映画祭や市場に行って、預かっている日本映画を売り買いすることが普通になってきたのは、ここ十〜十五年ぐらい。いわば海外セールスの専門職なのですが、日本の映画製作会社やプロデューサー、配給会社がわれわれを使いこなせていない印象です。
 私が会社を立ち上げたのも、是枝裕和監督や河瀬直美監督ら日本の有能な映画監督たちの作品の多くが海外のセールスカンパニーで取り扱われているからです。これでは作品が海外で売れたとしても、日本の映画界が潤う仕組みになっていません。日本映画は今、底値で人気がないのです。だけど、ここで営業をやめてしまえば、セールスの活路が断たれてしまう。一生懸命つないでいる状況です。
 日本映画を海外へ展開したくても、世界市場を理解するプロデューサーが少ないのが悩ましいです。海外のプロデューサーは積極的に海外の映画祭で自分や手掛ける作品をアピールしているのに対し、日本のプロデューサーは忙しすぎるのと予算の問題もあって、あまり海外の映画祭や市場で見ません。簡単に海外へ日本映画を持っていけると考えている節もあります。映画は国境を越えられます。どういうターゲットに、どういうタイミングで働き掛けるかを含めて、緻密に戦略を立てていかなければ成功しません。 (聞き手・飯田樹与)

<たかまつ・みゆき> 1973年、兵庫県生まれ。映画の宣伝会社に勤めた後、TBSテレビコンテンツ事業部にて日本映画の海外セールスを経験。2013年にフリーストーンプロダクションズを設立。

◆演出追求できぬ環境 名古屋学芸大教授 仙頭武則さん

 今年三月、公私共に最も信頼していた青山真治監督が亡くなりました。日本を代表する映画監督が先日「ずっと青山の背中を追いかけてきたんだ」と語ってくれました。私と青山監督の口癖は「人の口の端に百年残る作品をつくる」でしたが、知識、教養、情熱、すべてにおいて卓越していたと思っていたのは、私だけではありませんでした。その喪失は計り知れません。
 「ドライブ・マイ・カー」を見た青山監督の感想は「すべて言葉で説明しようとすると三時間になるよね」でした。サイレントから始まった映画は本来、せりふがなくても相手に通じる表現です。しかし、濱口竜介監督はあえて、言葉を費やし、世界中に「分かってもらう」戦略を取ったのです。現在の日本映画は、本来なら戦略を立てるべき立場のはずのプロデューサーが少なく、監督自身が戦略も考えざるを得ない。若く才能がある監督はたくさんいるのに、純粋に演出を追求すればよい状況になっていません。
 「カメラを止めるな!」がヒットしたことで、極端な低予算でもヒット作ができるという考えが製作側にまん延していました。「ドライブ・マイ・カー」に脚光が当たったことで、こうした風潮に歯止めがかかったことは、とても良かったと思います。「お金をかけなくてもいい」という作り方は、あらゆるしわ寄せが現場に集中し、疲弊を生むだけです。
 濱口監督にはぜひマーベル作品を撮ってほしいと思います。クロエ・ジャオ監督のように大規模な製作費の作品で実力を発揮することで、日本映画の状況も大きく変えることができると期待しています。
 私がプロデューサーとして海外の映画祭に積極的に出品してきたのは、日本映画の海外市場獲得が一番の狙いでした。韓国映画は、われわれよりも後でしたが、国や企業の強力な支援があり、世界市場で確かな位置を得ました。この二十年で驚くほどの差がついてしまいました。
 今、青山監督作品のアーカイブスを立ち上げるべく、作品ごとに異なる権利を整理し、デジタル化して保存する活動を始めています。「EUREKA」の上映がいち早く実現、名古屋でも公開予定です。二十一年前の映画を多くの観客が劇場で見てくださっていることに一筋の光明を得た思いです。(聞き手・中山敬三)

<せんとう・たけのり> 1961年、神奈川県生まれ。『EUREKA』や諏訪敦彦監督『M/OTHER』などをプロデュース。カンヌ、ベルリンなど世界各地の映画祭で100を超える受賞歴がある。

※「考える広場」来週は休みます。次回は21日です。

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