市川の国史跡・北下瓦窯跡 シート覆われ 18年放置 市教育長らに要望書 市民団体「保存、活用を」

2022年6月9日 07時27分

雑草が伸び、ブルーシートで覆われる北下瓦窯跡。後方の白い部分は道路の遮音壁=市川市国分で

 奈良時代の下総国府が置かれたとみられる千葉県市川市国府台地区で、国史跡「下総国分寺跡」の関連施設として二〇一〇年、国史跡に追加指定された「北下瓦窯(かわらがま)跡」が放置されたままだとして、市民団体が市教育長と市長宛てに保存措置を求める要望書を提出した。〇四年の出土以来、十八年間もたなざらし状態となっており、市教育委員会は「土地所有者との協議を続けている」と説明。「保存のために埋め戻すとともに、市が取得する公有化を進めたい」としている。(保母哲)
 下総国分寺跡は、JR市川駅の北東約二キロの台地にある。聖武天皇の国分寺建立の詔により、国ごとに設けられた国分寺の遺構。一九六六年の発掘調査で金堂跡、講堂跡、塔跡が見つかり、翌六七年に国史跡となった。その北東側でも遺構が出土し、〇二年に追加指定があった。
 北下瓦窯跡は〇四年、東京外郭環状道路(外環道)の建設に伴う県教育振興財団の発掘調査で、登り窯と平窯の計二基などを確認。下総国分寺の屋根瓦を焼くための窯だったとみられ、こちらも一〇年、国史跡に追加指定されている。正式名称は「下総国分寺跡附(つけたり)北下瓦窯跡」。
 市教委によると、〇四年の調査終了後は土のうを詰め、ブルーシートをかぶせるなどの暫定的な保存措置が施されたものの、現在もこの状態が続いている。この間、シートの劣化で二回ほど、市と県で張り替え作業を行った。市教委は一八年に保存活用計画を策定し、北下瓦窯跡周辺の公有化などを打ち出していた。
 現在も公有化などが進んでいない理由として、市教委は土地を所有している東日本高速道路会社(NEXCO東日本)との「協議が続いている」ことを挙げる。北下瓦窯跡の面積は約二千三百平方メートル。市が購入し現在所有しているのは七割強で、NEXCO東日本が約二割。残りは国土交通省という。
 このため今月六日に要望書を提出した地元の市民団体「市川緑の市民フォーラム」は、NEXCOなどからの早急な土地取得▽現在の保存状態の調査と遺構の一般公開▽専門家を交えた検討委員会を設置し、保存とともに活用を検討−などを求めている。

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