泉 麻人【東京深聞】グッチではないけれど…『GUCHI』 (中央区・日本橋堀留町) ~ぐるり東京 町喫茶さんぽ~

2022年6月17日 10時00分
 

泉麻人さんとイラストレーターのなかむらるみさんが、東京の喫茶店をめぐる街さんぽエッセイ。さんぽ途中で町の喫茶店を訪れ、店の生い立ちなどをマスターに深く聞きます。今までの「東京近郊気まぐれ電鉄」もバックナンバーとしてお読みいただけます。

グッチではないけれど…『GUCHI』

 人形町には食の名店が多い。洋食、焼鳥、すきやき、寿司…喫茶店やタイヤキ屋の老舗もあるけれど、ここでは中心地から少し離れた小網町、小舟町のあたりを散策してみたいと思う。
 甘酒横丁の掲示板が出た人形町通りの交差点から、「喫茶去きっさこ快生軒かいせいけん」や親子丼が人気の「玉ひで」の方へと歩いていくと、やがて町名は日本橋小網町になる。ちなみに、地図などの町名は人形町も箱崎町も蛎殻かきがら町も上に「日本橋」とくっついているが、これは昔の「日本橋区」の領域の名残りだ。
 蛎殻町の大きな交差点の手前(郵便局がある)を日本橋川の方へ入っていくと、この一画には明治創業のウナギ屋「喜代川」や「桃乳舎」という昭和初めのミルクホールから続くレストランがある。その突き当たりの通りにも可愛らしい看板建築の建物が3軒並んで残っているが、日本橋川東岸のこの通は俗に河岸かし通りと呼ばれ、上流に魚市場があった時代からにぎわっていた筋だ。永井荷風の散歩随筆なんかに出てくる「メイゾン鴻乃巣」という元祖的カフェ(文人が集った)もこのあたりにあったらしい。
 いまは川の上の首都高に隠れてよく見えないが、向こう岸は東証などがある兜町だ。北上していくと、くねっと右に入っていく旧道風情の通りの口に小網神社がある。ひと頃は町裏の静寂な神社って感じだったが、最近は“銭洗いの金運パワースポット”としてブレイクしたらしく、入場待ちの行列ができていた。

都内のパワースポットとしても知られる「小網神社」

 人形町の交差点の方からくる広い道を渡ると、町名は日本橋小舟町となる。小網も小舟も漁師町を思わせるけれど、小舟町はなんといっても浅草寺の門の赤提灯に記された町名の印象が強い。そもそも江戸時代も初期の明暦3年(1657年)に、魚河岸(日本橋と江戸橋の間の東岸)に隣接する小舟町の信徒が商売繁盛を願って提灯を寄進したのが発端らしい。
 さて、訪ねる町喫茶はそんな小舟町を東方にぬけた堀留町1丁目の「GUCHI」。看板もこの横文字がメインになっているので、グッチと読むのかと思っていたら、名はグチなのだ。

店名のロゴには馬の蹄鉄をイメージした文字

 「私の名が山口っていうんで…といっても開店した初めはグッチだったんですよ。看板もGUCCIにしていたんですが、クレームが付きましてね。まぁ愚痴をいってもしょうがないですが…」
 と、山口豊雄マスターはシャレを交えて飄々と語る。71歳になるというが、実に若々しい。開業したのは昭和52年(1977年)だという。山口さんはこの地で生まれ育った、日本橋っ子。先代からお店をやっていたわけではなく、大学を卒業して数年目にここをビル建てにしたとき、興味のあった喫茶店を思いきって始めた。
 壁にアンティークの馬具が飾られているので質問したら、マスターは学生時代、馬術部で乗馬をやっていたらしい。なるほど、当初のグッチの店名は“単なるブランド趣味”ということではなく、源の馬具屋のイメージもこめられていたのかもしれない。もう1つ、これもマスターの趣味だというが、マガジンラックに並んだ雑誌が「日経サイエンス」というのも珍しい。

店内には、アンティークの馬具が飾られていて、レトロな雰囲気が漂う

 ランチタイムだったので、ここの人気メニューだという「ドライカレー」(セット)をいただいた。ひき肉を炒めたキーマ式のペーストとスープ状のカレーソースの両者が盛りつけられ、真ん中のライスの上にユデタマゴが2つ目のように置かれていて、デザインが楽しい。もちろん、味もいい。

ドライカレー(900円)サラダとコーヒーorティーがセット

 常連さんとおぼしき中年男が入ってくるなり「ハムアメ」と告げて、決めていたような席に座った。ハムアメ…とは何の略か?
ハムトースト(サンドイッチ)とアメリカンコーヒーをメニューに探したが、ハムはミックスサンドに含まれているものの、コーヒーに「アメリカン」はない。やがて運ばれてきたのも、ただのトーストのようだった。
 そのうち、店も忙しくなってきたので、ハムアメの意味をマスターに確かめず、店を出た。

今回訪れた喫茶店

GUCHI(グチ)
住所 中央区日本橋堀留町1-8-15
電話番号 03-3662-8855
営業時間 7:00~15:00
定休日 土曜日・日曜日
※新型コロナウィルスの影響で、掲載したお店や施設の臨時休業および、営業時間などが変更になる場合がございます。事前にご確認ください。
※2022年6月17日時点での情報です。
※料金は原則的に税込み金額表示です。

PROFILE

◇泉麻人(コラムニスト)
1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。近著に『黄金の1980年代コラム』(三賢社)『夏の迷い子』(中央公論新社)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)、『1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。』(三賢社)、『冗談音楽の怪人・三木鶏郎』(新潮新書)、『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などがある。『大東京のらりくらりバス遊覧』の続編単行本が2021年2月下旬、東京新聞より発売された。
◇なかむらるみ(イラストレーター)
1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。
https://tsumamu.tumblr.com/

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