<書評>『ロシア点描 まちかどから見るプーチン帝国の素顔』小泉悠 著

2022年6月12日 07時00分

◆日常にのぞく国民性を知る
[評]浜田敬子(ジャーナリスト)

 おそらく今多くの人は、このように思っているのではないか。ウクライナに戦争を仕掛けたプーチン大統領を支持するロシア国民とはいったいどんな人たちなのか、と。
 著者はこの戦争が始まって以降、テレビなどで引っ張りだこのロシアの軍事研究者である。数年間現地で研究生活を送り、ロシア人の家族もいる著者から見た一般的なロシア人は、週末には郊外で別荘生活を楽しみ、二十四時間営業の花屋で恋人や妻に日常的に花を贈る人たちだ。
 だが当初語り下ろしてまとめられた内容は、我々とはまるっきり話も通じない「まるでエイリアンのような国」だったと、あとがきで述懐している。面白い部分を誇張されると、出来上がったロシア像はひどく歪(ゆが)んだものになってしまったという。
 私たちは自分の想像を超えた出来事に遭遇した時も、自分の知識の範囲で理解しようとする。自分が知っているルールや正しさ、価値観から逸脱しているように見える人たちは、「エイリアン」と位置付けることで理解した気になりがちだ。
 私は先日ソ連崩壊前からロシアに暮らす日本人の話を聞く機会があった。意外だったのは、五十代の彼の世代ではVPN接続を使って、海外メディアのニュースにも接し、かなり正確に何が起きているのかを知っていたことだ。その上でプーチンを支持していた。それは決してプロパガンダで支配された無知で可哀想(かわいそう)な国民の姿ではなかった。
 この本を読むと、牧歌的な日常の中にスターリン時代や冷戦時代、ソ連崩壊後の“遺物”がひょっこり顔を出してくる。その歴史によってロシア人に形づくられたのが、著者が指摘する「他者に対する無限の不信と信頼の同居」というメンタリティだとしたら、その連鎖がプーチンという為政者を生み出したのだろうか。どれほどライフスタイルが欧米化しようとも、監視と混乱の時代を味わった世代の体験は、私たちには想像もできない。それでも理解するために知ろうとする。その大切さを私たちに思い出させてくれる本だ。
(PHP研究所・1760円)
1982年生まれ。東京大専任講師・ロシア安全保障政策。『現代ロシアの軍事戦略』など。

◆もう1冊

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著『戦争は女の顔をしていない』(岩波現代文庫)。三浦みどり訳。

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