<書く人>脱「上意下達」 反骨の書 『「毎日の部活が高校生活一番の宝物」』 スポーツライター・加部究(きわむ)さん(63)

2022年6月12日 07時00分
 高校サッカーの名門チームを指導したドイツ人コーチがかつて、こうつぶやいた。「明日、練習休みだと言ったら、この子たち大喜びするよ」。実際にオフを告げると選手たちからは大歓声があがったという。
 楽しむのではなく、強いられるサッカー。最近では名門高校でコーチが選手を殴り、告発する動画が流されると、監督が選手に謝罪させ責任の逃避を図る問題が起きた。極端なケースだが、根底には日本の部活動を覆う負の土壌がある。
 「欧米では『スポーツ』がその語源通り楽しむための文化として根付いたが、日本は『体育』として学校で普及した。上からの指導が体罰や勝利至上主義に結び付く。サッカーの世界も例外とは言い切れない」
 加部さんはスポーツライターとして国内外で選手育成の現場を長く取材。長男が全国高校選手権の優勝メンバーで、Jリーガーにもなったことから、家族としても部活の在り方、育成の問題点に直面してきた。そうした取材や経験から九年前には『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』を上梓(じょうし)している。
 「多くの指導者が自分のサッカーを押しつけ、その枠から外れた選手を除外する。『上意下達』のチームづくりで、個性とやる気が犠牲になる。それでも代表選手らを育て、勝った名将として美談になっていく。『選手ファースト』でなく『指導者ファースト』という実情は今も根強い」
 本書は、そんな「上意下達」を排除し、十年をかけて全国大会にも出場できる「選手ファースト」のチームを築いた堀越高校(東京都)サッカー部のボトムアップ(下意上達)物語だ。
 監督の佐藤実(まこと)さんは母校の指導を任されて間もなくチームづくりは「自分たちで決めてやりなさい」と選手主体の方針を打ち出す。監督は助言するだけだ。自身が育った「上意下達」では、仮に勝てても真の喜びを得られないという反骨の信念からの挑戦だった。
 この挑戦には手本がなく学年ごとに試行錯誤を重ねる。ある代の主将は監督の助言にダメ出し、ある学年では「全員リーダー制」を採り各自の責任と役割を明確化させた。大会出場メンバーも自分らで決める。そんな積み重ねで選手たちは強いられるサッカーから解放され「毎日の部活が宝物」と感じるようになった。
 その軌跡が本書で克明に描かれる。「明日練習休みと言ったら…」。彼らなら「それは僕たちが決めます」と答えるだろう。そう想像させる一冊だ。竹書房・一七六〇円。 (稲熊均)

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