<土曜訪問>分断超え解決策提示 現代の男性性考える『新しい声を聞くぼくたち』刊行 河野真太郎さん(英文学者)

2022年6月11日 12時49分
 社会現象になったアニメ『鬼滅の刃』で、鬼になった妹を介護(ケア)しながら戦うヒーロー像の先進性と保守性とは。人気漫画『怪獣8号』で、怪獣化する主人公にのぞく現代の男性像の典型とは−。
 専修大教授で英文学者の河野真太郎さん(47)が漫画やアニメ、映画などの人気作品から「現代の男性性」を読み解いた批評『新しい声を聞くぼくたち』(講談社)を刊行した。「フェミニズムを巡る問題はつまるところ男性問題。男性の自分がフェミニズムについて書くには、まず足元を見つめる必要があった」と意図を語る。
 英文学、そして新自由主義下での文化と社会が専門で、フェミニズムについても積極的に論じてきた。二〇一七年刊の『戦う姫、働く少女』(堀之内出版)では『アナと雪の女王』『千と千尋の神隠し』などの作品を「女性性と労働」の観点から読解。女性の権利獲得を目指すフェミニズムが、個人主義と自己責任を標ぼうする新自由主義に都合よく利用される危険性について警鐘を鳴らした。
 その執筆中から構想された本書は、近年議論が活発化しているジェンダー平等やフェミニズムへの態度を巡り、男性の側に「新たな分断が生じている」との指摘で始まる。その「分断」の歴史を新旧のポップカルチャー作品からたどり、乗り越えようとする希望の書でもある。
 男性の「分断」は、学生との接触を通じても実感するという。「今の若い男性はハラスメントを許さず、男女間の格差を自分たちの問題として考える。意識は確実に変わっている」。その一方、講義でフェミニズムを扱うと、女性専用車両の話題を持ち出して「逆差別だ」と反発する男子学生も一定数いる。「電車で痴漢の被害に遭うのは圧倒的に女性が多いのに、その認識は抜け落ちている。主にSNSを介し、フェミニズムが抽象化されて『わら人形』のような攻撃対象になっている」
 本書では、そうした思想の背景に<女性だけがこの社会で不利をこうむって苦しんでいるのではない><フェミニズムという正義によって女性だけに助けの手がさしのべられるのは間違っている。それは不公平だ>という「弱者男性論」が潜んでいると指摘する。「男性がフェミニズムに応答して『有害な男性性』を解除することを『よろいを脱ぐ』と表現するが、現代においてはよろいを脱ぐにも力が必要。能力の有無によって分断が生じているという状況は、きわめて新自由主義的といえる」
 その分析に基づけば、「分断」に対して「個人で頑張って意識を変えよう」と唱えることには決定的な限界があることが分かる。そのような主張は、新自由主義の自己責任論や能力主義にのみ込まれてしまう可能性があるからだ。
 一方で、新自由主義を否定して福祉国家に回帰する考えにも、河野さんはくみしない。「福祉国家は男女の分業を促し、多くの男性問題の起源となってきた」からだ。「福祉国家に返るか、さもなくば新自由主義を推し進めるか、という二択に陥ることこそが落とし穴。二項対立ではない形を考えることが、分断を乗り越えるための糸口になる」
 その難題に対し、本書は最後に鮮やかな「解決策」を提示する。河野さんの主張の底を流れるのは「『新たな男性性』というものは学ばれ得る」という信念だ。「『男とはこうあるべきだ』という『有害な男性性』は、社会の中で後天的に習得される。ならば、一度学んだことを新たな学びによって手放す、すなわち『学び捨てる』ことも可能なはず」と力を込める。
 では、どう学べばいいのか。その手段は、本書の冒頭から示されている。漫画やアニメ、映画などの身近な物語が、格好の学びのテキストになるのだ。「現代の一流クリエーターは、他者を傷つけることなく面白い作品を生み出そうと格闘している。その読み方をみんなで選んでいくことが、新たな常識や文化を生み出すことにつながるはず」。やはりこれは希望の書である。 (樋口薫)

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