不正を追及した盟友は拷問されて死んだ 「プーチンは被害者に責任をなすりつける」

2022年6月12日 06時00分
<侵攻の深層 第2部 プーチンとウクライナ>
②個人に制裁科す「マグニツキー法」広める社会活動家ビル・ブラウダー(58)
 米国出身の投資家ビル・ブラウダー(58)は、ロシア政府の腐敗を暴こうとした盟友を獄死させられ、人権侵害に加わった個人に制裁を科す「マグニツキー法」を世界に広げる社会活動家となった。プーチン政権から命を狙われながらも世界に警鐘を鳴らし続けてきたが、「だれも耳を傾けなかった」と悔やむ。ロシア大統領プーチンの急所は「敗者になることだ」と語り、強硬な対応を呼び掛けた。

「日本もマグニツキー法の導入を」と語るビル・ブラウダー氏=5月、ロンドン市内で、加藤美喜撮影

 「セルゲイは、新しいロシアの希望とも言える存在で、若く理想に燃え、勤勉で正直だった」。ブラウダーは、盟友だったロシアの弁護士セルゲイ・マグニツキーを手放しで称える。ロシア国税当局の2億3000万ドル(約300億円)にのぼる横領疑惑を告発したため2008年にロシア当局に逮捕され、1年にわたる拘束と拷問の末、適切な医療も受けられず非業の死を遂げた。当時37歳。妻と2人の子供を残して。
 ブラウダーは1990年代から2000年代初頭にかけ、ロシアで投資ファンドを運営。マグニツキーも携わっていた。投資過程で国有企業の不正を目の当たりにし、告発を始めると、ブラウダーは05年にロシア政府から「安全保障上の脅威」とされ国外退去処分に。マグニツキーは、その後も国ぐるみの不正を追及し続けていた。
 「関係者を、必ず正義の前に引きずり出す」。ブラウダーは悲報を受けて妻と話し合い、マグニツキーを死に追い込んだ関係者の責任を追及し続けることを決めた。自身の身に危険が及ぶだろうが、「それが彼に対する私の責務だから」

◆死んだ盟友の名を冠した制裁法

 ロシアのエリート層が不正に手を染める主な動機は金銭で、海外に資産を移していたことに注目。不正蓄財を封じるため、米国の政治家に働き掛けて12年に「マグニツキー法」の成立にこぎつけた。人権侵害に関わった個人を特定し、米国に保有する資産を凍結したり、ドル取引を禁じるといった制裁を科せるようにした。
 成立当初の対象国はロシアだけだったが、16年から適用対象は全世界に広がり、米政府は中国による少数民族ウイグル族への弾圧疑惑やミャンマーの軍事政権による市民弾圧などにも適用してきた。同様の法制定は、人権意識の高い欧州など世界34カ国に広がっている。
 今回のウクライナへの侵攻に関連して、根拠法はマグニツキー法だけではないが、すでに米国はプーチンを含むロシアの政府関係者や政権を支える新興財閥「オリガルヒ」など数百人に個人制裁を科した。ブラウダーは「プーチン本人への制裁には象徴的な意味合いしかないが、彼の資産を実質的に管理しているオリガルヒにも同時に制裁を加えているので、効果的だ」と語る。
 法規制の及ばない中東への資産移転や中国を通じた制裁逃れなど懸念材料もあるが、相次ぐオリガルヒの不審死を巡り「制裁によりロシア国内の資金に余裕がなくなり、小さくなったパイを巡る争いが起きている」と、制裁が一定の効果を上げていると見る。
 日本は、先進7カ国(G7)で唯一マグニツキー法がなく、まだ検討段階。外国為替法に基づいてロシア政府高官らに個人制裁を科しているが、人権侵害を理由に制裁を科せるわけではなく、中国やミャンマーへの対応は後手に回る。ブラウダーは「このままでは、日本は人権侵害の加害者の逃げ場になってしまう」として「マグニツキー法を持つ35番目の国になってほしい」と語った。

◆プーチンの危険性を見誤った世界各国

 ただ、日本だけでなく、世界もプーチンの危険性に対する認識は甘かったと感じる。
 マグニツキー法成立後の13年、ロシアは欠席裁判でブラウダーと、すでに亡くなっていたマグニツキーの脱税罪を確定させ「プーチンは私を捕らえて殺すと脅し、国際刑事警察機構(ICPO)を悪用して8回も逮捕を要請した」。ICPOは当初から「極めて政治的」として要請を退けてきたが、18年にはスペインで警察当局に一時拘束されたこともあり、常にロシアの脅威にさらされている。
 「プーチンは、ひどい罪を犯し、被害者に責任をなすりつける。私の経験は、今回のウクライナ侵攻の縮図だった」と述懐。「この10年間、私はプーチン政権の危険性を叫び続けてきたが、だれも真剣に耳を傾けてこなかった」と、14年のウクライナ南部クリミア半島への侵攻などでのロシアに対する国際社会の甘い対応が今回のウクライナ侵攻を招いたと見る。
 どうすればプーチンは止まるのか。ブラウダーは「プーチンの権力の源泉は、国民から強者と認識されることで生まれている」と分析し、敗者に落ちることが最大の急所だと指摘。「もしウクライナで負け、領土からロシア軍が追い出されれば、国民はすぐに彼を追い出すだろう」と語った。(敬称略、ワシントン・吉田通夫、ロンドン・加藤美喜)

 ビル・ブラウダー シカゴ大卒、証券会社ソロモン・ブラザーズを経て1996年にロシアで投資ファンドを設立。現在もロンドンで運営を続ける。2017年に「プーチン最大の敵」として米GQ誌の「今年の男性」に選ばれた。著書に『国際指名手配 私はプーチンに追われている』(集英社)など。

   ◇
 プーチン政権と対峙たいじしてきた関係者やロシア情勢に詳しい識者へのインタビューから、ロシアによるウクライナ侵攻の背景や含意を4回にわたって探ります。

おすすめ情報

国際の新着

記事一覧