来る者拒まず 学習塾40年余 小金井の72歳・斉藤さん 来春で閉塾

2019年12月30日 02時00分

土屋さん(左)に数学を教える斉藤さん=東京都小金井市の武州ゼミナールで

 四十年以上、学習塾「武州(ぶしゅう)ゼミナール」(東京都小金井市前原町)を運営してきた塾長の斉藤悦雄さん(72)が引退を決め、来年三月で閉塾する。希望者はすべて受け入れるという姿勢を貫き、これまでに約九百人を教えてきた。不登校の児童・生徒らも学んでおり「人生の先生」と慕う声も多い。「何よりも大切なのは子どもの気持ち」というのが、揺るがぬ信念だ。 (竹谷直子)
 「大丈夫。オッケーオッケー、できるじゃん」。主に不登校の生徒や学び直したい大人が通う「昼の部」。十二月初旬、小平市の土屋みきさん(33)は、斉藤さんから声を掛けてもらいながら数学の計算に取り組んでいた。本気で勉強と向き合うのは、不登校になった小学二年以来。高齢者施設で働いてきた土屋さん。まずは定時制高校に行くための学力をつけるのが目標で、将来的には「食品に関わる資格を取って働きたい」と話す。
 斉藤さんが開塾したのは一九七九年四月。当初は一般的な学習塾と同じく夜だけの開講だったが、八五年に不登校の少年の受け入れを頼まれたのを機に「昼の部」を始めた。その時に起きた出来事が指導の原点になっている。
 その少年は当時、中学二年。小学生時代にいじめに遭って以来、学校に行っていなかった。塾に通い始めた後、不登校であることを思い悩んで自殺願望をほのめかし、家出。行方が分からなくなって約一週間後、塾に姿を現した。
 「当時は不登校の子が悪いという風潮があった。ここまで追い込む勉強、学校とは何なのか。生きることの方が大事だという思いを強くした」と斉藤さんは振り返る。
 現在の「昼の部」の生徒は土屋さん一人で「最後の卒業生」になる。小二で土屋さんが不登校になったのは、勉強に付いていけず、パニック障害のような症状を起こしたためだ。塾に通う前には「学習障害(LD)」と診断された。
 だが、九月から通い始めた塾で小学一年の算数から勉強し、三カ月で中学一年のレベルまでたどり着いた。「学べる場があってからでないと、できる、できないは判断できないな」と笑う。
 生徒の数が減ったこともあり、斉藤さんは余力のあるうちに区切りをつけようと引退を決めた。惜しむ声は多く、元教え子で現在、「夜の部」に娘二人も通う小金井市の会社員高田江利子さん(42)は「勉強を教えてくれるだけでなく人生の先生。自分の両親にも話せないことも聞いてもらえた」と残念がる。
 斉藤さんには、近年の教育は子どものためという視点が乏しく、利益優先に映る。「子どもを商品のようにしてはいけない。子どもが幸せになるために、どう考え、どう生きたいのかを大切にしないといけない」と繰り返した。

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