<ぱらぱらじっくり 教育に新聞を>順風 タブレット授業に落とし穴

2022年6月14日 07時55分
 1人1台のタブレット端末が、学校の授業で当たり前に使われるようになった。タブレットの画面越しに、文章や写真、音楽や動画などさまざまな「著作物」が、教師と生徒らの間でシェア(複製・共有)される。著作権の心配なくこうしたICT(情報通信技術)教育が可能になったのは、新たな「補償金制度」ができたからだ。便利になった半面、子どもが授業と同じ感覚で著作物をスマホでシェアしてしまうなどの著作権トラブルが起きないか、懸念する声もある。 (東松充憲)

◆著作物利用タダと錯覚

 新制度は「授業目的公衆送信補償金制度」。
 「公衆送信」とは、インターネット経由での著作物のやりとりを指す。二〇一九年度までは事前に著作権者の許諾を得ないと「授業での公衆送信」は一部の例外を除き、できなかった。それが新制度に基づき教育委員会や学校法人などの学校設置者が補償金を支払うことにより、煩わしい許諾手続きを踏む必要なく、授業で可能になった。
 逆に言えば、もしこの制度が整備されなかったら、文部科学省が進めるGIGAスクール構想でのタブレット一人一台の学びは円滑に進まなかった。先生がタブレット活用授業で著作物をシェアしたければその都度、著作権者を探し当て、連絡を取ることになる。使用料を請求される場合もある。これではタブレットが敬遠されてしまう。
 補償金制度の本格運用が始まった二一年度には、全国から約四十八億七千万円が管理組織のSARTRAS(サートラス)に集まった。予定では今秋、著作権者らに分配される。
 年間定額制の補償金が支払われれば、学校現場は多様な著作物を授業で何度でも公衆送信できる。ICT教育を広げる上では便利だが、ここに来て課題に浮上したのは、補償金制度やSARTRASの知名度の低さ。特に授業の最前線を担う先生たちに認知されていない点だ。
 補償金は先生が生徒の家庭から徴収してSARTRASに振り込むわけではない。知らないうちに支払われる。お金の動きは先生にも生徒たちの目にも見えないので、授業での著作物のシェアが本当は有償なのだという実感がわかない。
 本来なら「著作物を利用したいときは著作権者にあらかじめ許諾を得る」というのが著作物を扱う基本的な心構えとして大切なのに、そうした考え方も定着のしようがない。許諾手続き抜きで授業での公衆送信が可能になっているため、先生が「授業だからタダで自由にシェアできる」と錯覚する面もある。
 著作権教育に詳しい芳賀高洋・岐阜聖徳学園大DX推進センター長は補償金制度が創設された意義を評価しつつも「著作物を利用する『当事者意識』の希薄化を招き、著作権の原則を忘れさせ、かえって無意識の著作権侵害が横行してしまうのではと危惧(きぐ)される」と指摘する。
<授業目的公衆送信補償金制度> 年間定額の補償金を学校設置者(教育委員会や学校法人など)が支払うことで、学校の授業で、インターネットを経由した著作物のやりとりを無許諾で何度でもできるようにしたしくみ。2018年の著作権法改正で新設され、21年度から本格運用を開始。補償金は1人当たりの年額が小学生120円、中学生180円、高校生420円、大学生720円。同年度は全国から約48億7000万円が集まった。制度名にある「公衆送信」という言葉は不特定多数への情報拡散をイメージさせるが、著作権法は「公衆」を「特定かつ多数の者を含む」と定義しており、学校のクラス全員などの「特定多数の者」も同法上の「公衆」に該当すると考えられている。

◆逮捕者 二度と出したくない

 学校の先生たちが「授業だからタダ」と考えるのには理由がある。「あらかじめ許諾を得る」という著作権の原則は、学校の授業についてはもともと例外扱い(著作権法35条)。好き放題にいくらでも複製してよいわけではないものの、例えば新聞や雑誌の必要範囲の記事コピーを、クラス全員に配って授業で役立てることなどは、無許諾でも無償でできる。
 18年の著作権法改正で変更されたのは、「要許諾」だった授業での公衆送信を、補償金制度の新設で「無許諾・有償」扱いとした点。教育現場への周知が不十分なまま、ICT教育の舞台裏でのお膳立てが整えられた。先生たちの目には紙の著作物のコピーと同様、タブレットでのシェアも「授業だからタダ」のまま、従来と何も変わってないように見えてしまう。
 子どもたちの目にはどう映るだろうか。
 著作物のシェアが可能なのはあくまで授業の中だけだ。授業の枠組みから1歩外に出た途端、勝手にシェアできなくなる。しかし生徒たちにとっては「学校ではやってよかった」「先生も授業でやっていた」こと。自宅や私生活でのシェアも問題ないと勘違いして、軽い気持ちのままスマホでネット上に著作物をアップするリスクはある。
 音楽科教諭として中学での勤務経験がある東京学芸大こども未来研究所の原口直(なお)・教育支援フェロー(研究員)は「35条やSARTRASに守られていることを教員の皆さんが自覚していれば、子どもたちへの声掛けにもその視点が出てくる。でも現状では先生が著作権のことを考えなくていいような感じになってしまっている。子どもにも伝わらない」と心配する。

原口さんは「子どもにとって先生は身近で模範的な大人。だからこそ著作権について関心を持ってほしい」と動画での情報提供を続けている(YouTubeの画面から)

 2010年には名古屋市の中学生=当時(14)=が人気漫画を動画サイトに無断公開して、京都府警に著作権法違反容疑で逮捕される事件も起きている。原口さんは「子どもの逮捕者を二度と出したくない」との思いから、YouTubeの動画チャンネル「学校著作権ナビ」を開設。短くわかりやすい説明で、著作権についての正しい理解を広げる活動に取り組む。
 さまざまな論点でつくられた動画の中には、学習指導要領で知的財産権がどう触れられているか、教員採用試験で著作権がどう問われたかをまとめたものも。原口さんはこう問題提起する。「もしまた事件が起きてしまったら、教育の責任も問われるのではないでしょうか」
<SARTRAS(サートラス)> 「授業目的公衆送信補償金等管理協会」の略称。補償金の支払先として文化庁が唯一指定した一般社団法人。所在地は東京・永田町。新聞、出版、音楽、映像など6分野の団体で構成される。集まった補償金は、著作権保護事業などに充てる分を除いた額(21年度は約34億円)を、分野ごとの協議会に委託して著作権者に分配する。制度利用校の一部からサンプル調査として利用報告を集め、これを根拠に今秋をめどに初の分配が行われる見込み。

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