「被災者の苦しみ無視」 原発避難者訴訟で国の責任認めず 原告ら落胆「国に原発動かす資格ない」

2022年6月18日 06時00分

報告集会で、最高裁判決に肩を落とす参加者たち=17日午後、東京都千代田区で(平野皓士朗撮影)

 東京電力福島第一原発事故で避難を強いられ、国の責任を法廷の場で追及してきた原告らの熱気に包まれていた最高裁の正門前。17日午後2時半の開廷から10分ほど過ぎると、一転して静まりかえった。判決内容が、ニュースサイトの速報で流れた。「国の責任認めず」。原告の女性は涙を拭い、小さな声でつぶやいた。「どうして…」
 最高裁第2小法廷から出てきたのは、福島訴訟弁護団の馬奈木厳太郎まなぎいずたろう弁護士(46)ただ1人。「国の責任を認めず、まったく受け入れられない」。手には分厚い判決文を握っていた。原告らから「うそー」「ふざけるな」と悲鳴が上がった。馬奈木氏は「国に責任があるのか、最高裁は正面から向き合って判断しなかった。肩すかしの判決だ」と悔しがった。
 福島訴訟の原告で、福島県桑折町から京都市に避難している太田桜子さん(80)は「訴訟を励みに避難生活を耐えてきた。最後にこんなに冷たい判決が出るなんて。被災者の苦しみが無視されたようで悲しい」とぼうぜんとしていた。福島市の紺野重秋さん(84)は「国に忖度そんたくしたような判決。裁判所が国を後押ししちゃったんだから、これからの被災者支援がどうなるのか、すごく不安だ」とうなだれた。

◆群馬の丹治さん「裁判の不正義伝えるのが仕事」

東京電力福島第一原発事故で避難した住民らが国に損害賠償を求めた集団訴訟の最高裁判決を受け、記者会見中に涙ぐむ群馬訴訟原告代表の丹治杉江さん

 「避難して11年。国の責任の追及一筋でやってきた。こんな判決が出ると思っていなかった。頭が真っ白になった」。最高裁の判決後、東京都内で開かれた四訴訟の原告団の合同記者会見で、群馬訴訟原告団代表の丹治杉江さん(65)は時折涙を拭った。
 原発事故後、福島県いわき市から群馬県内に避難し、2012年11月からJR前橋駅前で毎週金曜に脱原発を呼び掛ける活動を続けてきた。この日は「裁判所が事故原因と責任を明らかにしてくれる」と信じ、駅前に立たず最高裁の傍聴席に座ったが、想定外の結果に衝撃を受けた。
 だからといって、黙るつもりはない。「この裁判がいかに不正義かを伝えるのが私の仕事になった。事故が起きても国は責任をとらず、被災者を守らない。こんな国に原発を動かす資格はない。原発はもう動かさせません」

◆愛媛の渡部さん「あきらめず、前進む姿見せたい」

 福島県南相馬市から愛媛県に避難した渡部寛志さん(43)は、高校三年の長女、明歩さん(17)と中学二年の次女(13)と会見に臨んだ。
 渡部さんは最初「思いもしない判決が出てしまった。何をすればいいのか、頭が混乱している」とうつむいた。しかし、明歩さんが「私と妹は小さいころ震災に遭って、心が不安定な中、裁判活動を頑張ってきた。私たちの努力が一瞬にして奪われてしまい悔しい」と訴えると、隣に座っていた妹が目をぬぐった。渡部さんは「あきらめず、時間はかかるかもしれないが、前向きに進む姿を見せたい」と顔を上げた。

◆福島の中島さん「立ち上がろう」千葉の小丸さん「責任絶対ある」

 原告が3000人を超える福島訴訟の原告団長、中島孝さん(66)も「負けたけど、われわれの暮らしが変わるわけでない。苦難をひきついで今日がある。ここからまた、立ち上がろうと後続の裁判の人たちに伝えたい」と、悔しさをはねのけて奮い立たせるようにきっぱりと言った。
 放射線量が高く立ち入り規制が続く福島県浪江町の帰還困難区域に自宅がある、千葉訴訟の小丸哲也さん(92)は「国も東電も40年、『原発は安全、安心』と言い続けてきた。国の責任は絶対ある。(国に)忖度した判決だ」と憤った。
 馬奈木弁護士は「あれだけの原発事故を起こしながら、事故の深刻さ、被害を受けた人たちに正面から向き合わず判決が出された。被害は防げません、でも国に責任はありません、それでも原発を続けていいのかと、私たちの社会が問われている」と訴えた。(小野沢健太、加藤益丈、片山夏子)
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