<書く人>「旧友」のその後の人生 『まっとうな人生』 作家・絲山秋子(いとやま・あきこ)さん(55)

2022年6月19日 07時00分
 作家にとって、自作の登場人物とはどんな存在なのだろう。来年デビュー二十周年を迎える著者にとっては、「突然電話してきたり、押しかけてきたりする友人」なのだという。「別の小説のことを考えている時に、まだ書き始めてもいない次作の主人公が訪ねてくる。でも、そこで忙しいと断ったら、二度と連絡は来なくなるんです。寝る時間を減らしてでも話を聞く。自分の考えを押しつけるのもだめ。人間と同じですよね」
 本書は、二〇〇五年刊で直木賞候補にもなった『逃亡くそたわけ』の続編。前作で福岡の病院を脱走し、九州を車で縦断した「花ちゃん」と「なごやん」のコンビが再登場する。花ちゃんは十歳年上の男性と結婚して富山市に移住し、娘と三人暮らし。富山県高岡市で家庭を持ったなごやんと十数年ぶりに再会し、家族ぐるみの交流が始まる。
 「富山の街を歩いていたら、ふと『花ちゃんがこの街に住んでいる』と感じたんです」と笑う。移住者の目から見た富山の魅力、持病の双極性障害との付き合い方、夫とのいさかいと仲直り…。旧友と対話するように、彼女のその後の人生に耳を傾けた。「仲のいい友人と会う時って、かっちりと予定を決めないもの。足の向く方へ一緒に歩いてみようか、という感じで書きました」
 文芸誌連載のさなか、新型コロナウイルスの感染が拡大。日常が一変する中、それでも「まっとう」に生きようとする花ちゃんの姿を丁寧につづる。「『まっとう』というのは常にこうありたいと願うことだと思うんです。結果ではなく、日々目指していくもの。祈りに近いのかもしれない」
 作中では、花ちゃんが母親を亡くすシーンが描かれる。実は絲山さん自身も執筆中に母を失った。「普通は自分の体験を使って小説を書くのでしょうが、今回は違った。花ちゃんが私の体験をシェアしてくれた、そんな感覚です。初めて経験する厳しい時期に、彼女たちとチームでいられて良かった」としみじみ語る。
 温かいラストを読み終え、花ちゃんのその後に思いをはせる読者は多いだろう。続きを読むことはできるだろうか。「たくさん話してくれたから『また明日』とはならないでしょうね。でも、話したいことがあったら来てくれるはず。そのためにも、登場人物が『立ち寄りたい』と思ってくれる自分でいたいですね」
 河出書房新社・一八九二円。 (樋口薫)

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