<書評>『ベースボール・イズ・ミュージック! 音楽からはじまるメジャーリーグ入門』オカモト“MOBY”タクヤ 著
2022年6月19日 07時00分
◆娯楽大国支えてきた野球と音楽
[評]いとうせいこう(作家)
アメリカのメジャーリーグ野球をめぐる映像で、例えば7回表が終わると『私を野球に連れてって』がかかり、観客たちが体を揺らして歌う。
あるいはもはや日本野球の習慣にもなったが、バッターが登場するごとに各自のテーマ曲(「Walk Up Song」というそうだ)がかかる。
またある年代以前の人間は、メジャーリーグ球場というと、なぜか古いオルガンの音を連想し、それがまるでプレイの伴奏のようになるのを脳裏に浮かべる。
これらアメリカ野球を彩る現象の理由を問われても、ほとんどの日本人が答えを言えないだろう。ひょっとしたら、現象の起源に問いを深めれば、当のアメリカ人の野球好きさえ正解にたどりつかないかもしれない。
しかし、その答えのいちいちにこそ、アメリカという国の歴史があり、思想がある。黒人差別と闘う選手たちを称(たた)えて出来た習慣、あるいはグッとくる米国民のいい話をいまだにファンの記憶の底にとどめるための粋な儀式の数々。つまり、メジャーリーグは今に生きるアメリカ史そのものなのだ。
そうした真実の具体例をこれでもかとしつこいほどに整理して教えてくれるのが、今回の『ベースボール・イズ・ミュージック!』。著者は私の古い後輩でもある、スクービードゥーというイカしたバンドのドラマー、オカモト“MOBY”タクヤである。
もともと著者は大のクイズ好きだけあって、誰もが答えられるレベルの知識から、難問奇問のレベルまで、徹底して調べ上げたウンチクを惜しげもなく与えてくれる。
特に面白いのは著者が愛するアメリカのメジャーリーグ史と、アメリカの音楽史が不即不離だと何度も腑(ふ)に落ちるところで、スターのあり方や人種問題、市民が主役として人気者を支える点など、かの国が「娯楽」を国家の大切な背骨として発展してきたことがしみじみよくわかる。
野球が好きな人も、音楽が好きな人も、どちらの側からもこのゲームは楽しめる。
(左右社・2530円)
1976年生まれ。ドラマー。DJとしても活動。「SABR(アメリカ野球学会)」会員。
◆もう1冊
山際淳司著『江夏の21球』(角川新書)
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