<書評>『妻はサバイバー』永田豊隆 著

2022年6月19日 07時00分

◆「生きて」壮絶介護の記録
[評]秋山千佳(ジャーナリスト)

 新聞記者の夫、専業主婦の妻。夫婦二人の平穏な生活は、結婚四年目に表れた妻の「異様な行動」から一変する。始まりは、過食嘔吐(おうと)がやめられない摂食障害。やがて大量服薬、リストカット、アルコール依存、四十六歳で認知症発症……。二十年間の壮絶な記録を夫は赤裸々に描く。妻の「ぜひ書いてほしい。私みたいに苦しむ人を減らしたいから」という後押しを受けて。
 なぜ彼女は「苦しむ人」になったのか? その答えはタイトルが示している。彼女はサバイバー=虐待や性暴力被害を経験した人であり、目に見える激しい症状の裏には、目に見えない「トラウマ」が潜んでいたのだ。
 妻を支える夫の苦しみがまた凄(すさ)まじい。過食用の食料費がかさみ、一時は預金残高ゼロに。不安定な妻から暴力的な言動をぶつけられつつ、目を離せない緊張の日々を送り、介護と仕事の両立に悩む。時には離婚の二文字が浮かんだり、「死んでくれないか」と願ったりする。
 一方で、彼女のトラウマを知り「よく生きてくれた」と感慨が湧く。当初は「時おりモンスターに見えてしまう妻」だったのが、「モンスターは本人でなく病気だ」という認識に変わる。そして、死にたいように見えた彼女が、実は生きようともがいてきたことを理解するのだ。
 彼らの苦闘を、安易に“夫婦愛”の一言に押し込めることはできない。精神障害者のサポートが夫婦や家族の愛情頼みにされる危うさも、本書が浮き彫りにするところだからだ。その背後には、医療関係者でさえ精神障害者に差別や偏見を抱く実情がある。
 著者はさらに、自分と同じくパートナーを支える立場に「地方に住む非正社員の女性」が置かれれば、もっと厳しい状況があるはずだ、と慮(おもんぱか)る。
 小さなエピソードが心に残る。高齢男性が著者を見つめ、涙を浮かべて語りかけるのだ。「あんた、ほんまにしんどいなあ」
 読後この言葉を思い起こした。こう言える人が広がれば「心病む人が生きやすい社会」に近づくはずだ。それは誰にとっても優しい社会だろう。
(朝日新聞出版・1540円)
朝日新聞記者。生活保護関連の報道で2007年と09年に貧困ジャーナリズム賞を受賞。

◆もう1冊

上岡陽江(はるえ)、大嶋栄子著『その後の不自由 「嵐」のあとを生きる人たち』(医学書院)

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