<書評>『原郷の森』横尾忠則 著

2022年6月19日 07時00分

◆時を越え 死者と語らう
[評]陣野俊史(文芸評論家)

 画家の横尾忠則の小説だ。むろんただの小説ではない。主人公の「Y」は、老境にさしかかり「原郷」の森に出入りするようになる。そこは主として死者の集う場所であり、Yのつきあいのあった三島由紀夫や澁澤龍彦、あるいは文豪の谷崎潤一郎や永井荷風が話している。画家のキリコやピカソ、アンディ・ウォーホルやピカビア、果てはダヴィンチまで現れて、喋(しゃべ)る。ダジャレを言う。ときに深刻に議論を重ねる。合理も非合理もない。森はいつもそこにあって、Yを受け入れる。死者たちは饒舌(じょうぜつ)に話す。
 雑談ばかりではない。哲学的主題もあれば、芸術論もある。会話がずっと続くが、それ自体はエッセイでもないし評論でもない。この小説自体も文学に関する議論のなかで言及されるあたり、したたかな文学的仕掛けを含んだ、やはり「小説」なのだと思う。
 いちばん印象的な人物はやはり三島か。三島とYの語る、もっとも中心的な主題は死である。さらに一般化して言えば時間だ。生きている人間は、時間を意識して自分の時間を生きようとする。他人の時間との区別を意識する。だがこの森では、自他の区別がどうでもよくなるから、時間がすでに他人と共有するものになっている。そして時間が転生する。人間は生まれて死んでいくが転生する。そうした考えがYや三島にある。三島の晩年の傑作『豊饒(ほうじょう)の海』が幾度も言及される。あの小説が輪廻(りんね)転生を扱った作品だったことを想起するならば、この小説は横尾版の『豊饒の海』と言えるのかもしれない。
 と、書くとなんだか小難しい小説のようだが、そんなことはまったくない。なんでも起こり得る「原郷の森」という場所のせいか、思想家も画家も文学者もだれもが平明に語っている。話がこんがらがってくると、「宇宙霊人」という謎の存在が出てきて、話をまとめてくれたりする。ユーモアがいろんな場面に顔をのぞかせる。分厚い書物だが、読み飽きない。死者も生者もなんだか楽しそうだ。この本そのものが、時間を越えた森なのである。
(文芸春秋・4180円)
1936年生まれ。美術家。国内外の美術展に出品、個展開催多数。著書『ぶるうらんど』。

◆もう1冊

三島由紀夫著『豊饒の海』(新潮文庫)全4巻。

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