芝浦花柳界の面影後世へ 木造建築「見番」 来春、落語や舞踊の体感施設に

2019年12月19日 16時00分

来年4月のオープンに向けて改修工事が行われている見番だった建物=19日午前、東京都港区で

 昭和初期、東京都港区にあった芝浦花柳界の面影を伝える「芝浦見番(けんばん)」だった建物が来年4月、落語や日本舞踊などを体感できる区の伝統文化交流館に生まれ変わる。芸者の取り次ぎや精算をする見番では、都内に現存する唯一の戦前の木造建築物。建物の保存と利活用を求めていた住民は、「だれもが交流できる施設に」と歓迎する。東京五輪・パラリンピックを控え、区による改修で伝統文化発信拠点として新たな歴史を刻む。 (市川千晴)
 芝浦の花柳界は、明治時代に芝で誕生、東京湾の埋め立て拡張と共に芝浦に移転した。芝浦見番は一九三六(昭和十一)年、「昭和の竜宮城」と呼ばれた目黒雅叙園を経営し、料亭など花柳界に関わる地元の三業組合の組合長だった細川力蔵が建設。雅叙園と同じ棟梁(とうりょう)酒井久五郎(きゅうごろう)が手掛けた。
 近代和風建築の伝統を受け継ぐ木造二階建てで、延べ床面積は約四百四十平方メートル。正面玄関は風格ある弓なり状の銅板葺(ぶき)の屋根「唐破風(からはふ)」を付け、ヒノキ板敷きの舞台のある百畳の大広間を設けるなど、良質の材料と意匠を凝らした豪華な造り。
 ただ見番としての歴史は短く、太平洋戦争で花柳界が疎開し、三業組合が一時解散したため、都が四四年に買い取り、港湾労働者の宿泊施設「協働会館」として利用。二〇〇〇年に老朽化で閉館するまでの間、大広間は住民らの日本舞踊や習字の稽古場、町会の集会所などにも使われた。 〇六年、住民が「伝統的な木造建築の施設として、貴重な花柳界の文化遺産を継承する施設として活用してほしい」などと、保存と利活用を求めて区議会に請願を提出し、採択された。
 これを受けて、区は都に働き掛け、建物の無償譲与と土地の無償借り受けができ、〇九年に区有形文化財に指定。再生のため、意匠などの文化財的価値を最大限保存しつつ、耐震補強工事を行い、車椅子用エレベーターなどを増築した。
 保存活動に取り組んできた芝浦一丁目町会の中島恭男常任顧問(79)は「芝浦の歴史と多くの人の思いが詰まった見番が、新たな装いで生まれ変わりうれしい。だれもが交流できる施設になってほしい」と期待する。
 再生する見番では、一階に見番の歴史を紹介するパネルなどを展示。二階の大広間は伝統文化に関する講座や体験会、公演を行うほか、地域の交流の場として開放、貸し出しを行う。JR田町駅や地下鉄三田駅に近く、新芝運河など水辺に囲まれた立地で、区は東京五輪・パラリンピックなどで来日する外国人旅行者らの誘客も見込んでいる。

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