<ブルボン小林 月刊マンガホニャララ>(38)殴り合い 女性表現のアップデート
2022年6月20日 07時25分
大河ドラマ『鎌倉殿の13人』をみていると、女性の描き方にとても気を使っているな、と感じる。
平家の滅亡から鎌倉幕府のころ、女性は政争の道具として、嫁がされたりする時代の話だ。男たちのドラマの背後で「内助の功」をみせるだけでは、今の時代に支持を得られない。かといって、嘘(うそ)の活躍をさせるのもしらじらしい。
それで、作中のどの女性たちも言いたいことは我慢せずに言う人として描かれる。ときに女同士の敵対も描かれるが「まこと女の敵は女よの」と男たちに余裕の位置から観賞されるような泥仕合をみせない。あるいは、余裕の位置から観賞する手つきをやめてみせた。表現における微細なアップデートがなされているように思う。
漫画の中の世界で、女性は「活躍推進」とか政治に言われるまでもなく昔から大活躍してきたわけだが、それでもさらに、大河ドラマ同様のアップデートがあると感じる。
サルチャン作『白と黒』で描かれる女主人公二人の殴り合いは、泥仕合どころでない激しさだ。
大手銀行の投資家営業部に勤める白川ジュンコと、そこに異動してきた黒田カヨ。ともに有能で語学も堪能、人望も厚い。そんな二人の戦い(と愛、もしくは執着)を描く。
腹に一物ありという言葉があるが、白川も黒田もえげつないほどの表裏の使い分けをする。漫画の絵は「コマ」で区切られるが、一コマごと猫をかぶったり舌打ちしたり、微笑したり嘲(あざけ)ったりと呆(あき)れるほどの豹変(ひょうへん)をしてみせる、そのメリハリは感動的なほどで、ああ、なんて「コマ」の甲斐(かい)がある人格なんだ! と息が漏れる(表裏のある人間って、描くの楽しいんだろうなあ、という発見も今作にはあった)。
二人の仕事に向けた情熱に、その人なりの大義や正義があるわけでもない。相手のやり方が認められないからとかでなく、ただ縄張りを荒らされるのを嫌う獣のようでしかなく、つまり二人を崇高な人格として描いているわけでもない。剥(む)き出しで敵意を発揮しあう、その気持ちの嘘偽りのない純度の高さに、ワクワクさせられるのだ。
部下の掌握、仕事の成功を巡って実は似た者同士の二人はバチバチに対立。二人きりの夜のオフィスや寮で、本気の殴り合いが始まる(翌日は生傷の痕を隠しながら平和に猫をかぶりあう)。殴り合いの果てにキスに発展し、激しく愛し合いもする(常にそうなるわけでもなく、キスされた唇を噛(か)み切ったりも)。
その行為はいっけん、不合理なことなわけで、作中の黒田も自分の感情を名付けられず戸惑うし、もちろん読者にも理路整然とは分からない。だが、読んでいる間だけは納得させられてしまう。
「いやよいやよも好きのうち、か」といった旧来の「余裕の位置からの観賞」を許さない、切実な力が二人からみなぎっているのだ。
また、恋愛漫画で描かれる会社って暇そうにみえることも多いが、今作は銀行の、企業に投資を促す営みがそれなりのリアリティで描かれており、業務の上で共闘もする二人の姿は頼もしく、(作者自身にそんなご大層なことを描いている気持ちがなくとも)まったく知らない新しい景色をこの世界にみせてくれる、そんな予感がある。 (ぶるぼん・こばやし=コラムニスト)
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