長男刺殺元次官、懲役6年 東京地裁判決「犯行は短絡的」

2019年12月17日 02時00分

熊沢英昭被告

 東京都練馬区で六月、自宅で長男を刺殺したとして殺人罪に問われた元農林水産事務次官、熊沢英昭被告(76)の裁判員裁判で、東京地裁は十六日、「犯行に至る経緯には短絡的な面がある」として、懲役六年(求刑懲役八年)の判決を言い渡した。弁護側は家庭内暴力が背景にあったとして、執行猶予付きの判決を求めていた。
 判決理由で中山大行(ともゆき)裁判長は、被告が事件当日、長男英一郎さん=当時(44)=から「殺すぞ」と言われたことで恐怖を感じ、とっさに台所に包丁を取りに行っき、戻って刺したとする主張の信ぴょう性を検討。「何らかの言動が犯行のきっかけになった可能性は否定できないが、恐怖心で被害者から離れたのにあえて戻る理由がない。供述は信用できない」と判断した。
 その上で、英一郎さんの首や胸に三十カ所以上の刺し傷があったことなどから、「抵抗を受ける前に一方的に攻撃している。強固な殺意に基づく危険な犯行だ」と非難した。
 犯行の背景として、一人暮らしをしていた英一郎さんが実家に戻った翌日の五月二十六日に、英一郎さんから激しい暴行を受け「今後殺すこともあり得ると考えるようになった」と指摘。主治医や警察に相談することなく犯行に及んだ点を、「短絡的な面があると言わざるを得ない」とした。
 一方で、英一郎さん方を月一回程度訪れて薬を渡したり、ごみの片付けを手伝うなど長年にわたり「安定した関係を築く努力をしてきた」と評価。「被害者への恐怖や不安が犯行の背景にあったことは酌むべき事情だ」とし、「執行猶予を付けるべき事案ではないが、重い実刑にすべきでもない」と述べた。
 判決によると、熊沢被告は六月一日、練馬区の自宅で英一郎さんの首などを多数回刺し、失血死させた。

◆「周囲に助けを求めていれば…」

 「もっと外部に助けを求めてほしかった」「追い込まれる前に解決策を見つけていれば」。判決後に記者会見した裁判員からは、最悪の事態を防げなかったことへの落胆の声が漏れた。
 五十代の女性は「周囲にアピールしていれば、誰かが突破口を見つけてくれたかもしれない。一人で思い詰めることもなかったのではないか」と残念がった。二十代の女性は「誰もが経験するかもしれないことだと思った」と話した。
 刑の重さについて、五十代の男性は「裁判では情状酌量や執行猶予という言葉が出てきたが、罪を背負っていくというのが被告の本音ではないか」と推し量った。
 公判では、アニメの仕事を目指していた英一郎さんに、熊沢被告がコミックマーケットへの出品を促し自らも売り子を務めるなど親としての一面が語られた。三十代の女性は「被告への同情や共感も少なからずあった。証拠などの事実と感情の間で揺れ動いた。何が正解だったのか今も分からない」と葛藤を明かした。
 熊沢被告はこの日、黒いスーツに青いネクタイ姿で出廷。「被告人を懲役六年に処する」。判決主文言い渡しの瞬間、背筋を伸ばしたまま大きくうなずいた。「供述は信用性に乏しい」「弁護人の主張は採用できない」。主張が次々と否定される中、手を膝に置いたまま、裁判長をじっと見つめた。
 理由の読み上げが終わると裁判長に向かって深く一礼し、弁護人と検察官にも頭を下げた。この間、表情を変えることはほとんどなかった。 (小野沢健太)

◆猶予基準、満たしていない

<元裁判官の水野智幸法政大法科大学院教授(刑事法)の話> 妥当な判決だ。裁判官を務めた経験上、執行猶予が認められるのは(1)長期間の深刻な家庭内暴力が全く改善しない(2)家族の介護で疲弊しきっている-などの場合だ。「誰が被告の立場でも殺害が避けられなかった」ことが、執行猶予とする上で重要な基準だろう。今回はこれを満たしておらず、実刑はやむを得ない。判決では、被害者が川崎の殺傷事件と同様の事件を起こす可能性も認定されなかった。被害者を殺害して「第二の川崎事件」を防ぐ必要性もなかったことになる。

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