民主主義とは何か~2022年の視点 宇野重規東大教授の講演全文

2022年6月23日 12時00分
 民間の立場から政策提言する「令和国民会議」(令和臨調)のメンバーでもある宇野重規東大教授(政治思想史)が5月23日、金沢市で開かれた北陸中日懇話会で講演した。低投票率と女性候補の少なさを懸念し、「7月の参院選によって日本の民主主義の評価が下がりかねない」と警鐘を鳴らした。講演全文は次の通り。

◆はじめに

 私は政治学者で、民主主義のことを研究しています。中日新聞・東京新聞では以前から連載をさせていただいていて、私の書いたものをお読みいただいたこともあるかと思います。
 子どもの頃、「宇野」といえば、皆さんご記憶にあるでしょうか。野球でフライを追いかけて頭にボールをぶつけた選手を思い出す方もいらっしゃると思います。ここは別に中日ファンの集いではないと思うのですが、中日ドラゴンズに宇野勝というショートの選手がいたのをご存じでしょうか。非常に偉大なプレーヤーでしたが、プロ野球の珍プレー好プレーの番組に一昔前までよく出ていました。私にとって「宇野」というとこの選手が思い出されます。
 それが理由ではないのですが、私は名古屋と縁もゆかりもないにもかかわらず、子どもの頃から中日ドラゴンズのファンでした。今回、自己紹介を書くようにご連絡を頂いたので、「昭和57年近藤ドラゴンズ優勝以来のドラゴンズファン」と書いたのですが、どうもドラゴンズファンがあまりいらっしゃらないということで、若干すべった自己紹介をしてしまったかもしれません。
 その後、私が大学を卒業する頃に宇野宗佑総理が就任しました。あの方も滋賀県出身ですよね。これで「宇野」も全国区になったかと思ったら、早々にお辞めになられました。その経緯もいかがなものかというものだったので、当時米国にいた私は周りの学生たちから「宇野って知ってる、知ってる。2カ月で辞めたんだろう」と言われ、「宇野」という名字もいささか困ったものだと思ったのですが、最近は宇野昌磨さんのおかげで「宇野」という名字もすっかりイメージが良くなったのではないかと思います。

◆時の人になって

 私は平凡な人間ですが、ここ数年、まさか朝のワイドショーに自分の顔がよく登場する経験をするとは思いませんでした。いわゆる「文春砲」は私には関係ない話だろうと思っていたのですが、私の家の前に文春の記者が張り付く日が来るとは思っていませんでした。朝からピンポン、ピンポン、「文春です」と。ああいう人に追いかけられるのはなかなか大変なものであるということをしみじみ経験しましたが、なぜこの平凡な私が文春の記者に追い回されたかというと、例の日本学術会議というものがありまして、そこから新会員に推薦されたにもかかわらず、内閣によって任命されなかった6名の研究者の1人だったからです。一躍話題の人になってしまい、拒否された6名が随分と朝のワイドショーで取り上げられました。近所のクリーニング屋に行くと「先生、見たわよ」と言われて、私がこんな形で有名人になるとは思いませんでしたが、善きにつけあしきにつけ、あの問題も何となく風化した印象があり、世の中の人にとって学術会議問題は一体何だったのかということもあろうかと思います。

◆『民主主義とは何か』について

 ちょうどあの事件があった2020年10月、私は『民主主義とは何か』という本を講談社現代新書から発刊しました。これも運命のなせる業だと思うのですが、池袋の大きな書店に行くと、この本を平積みにしてくれているのです。ありがたいと思ったのですが、隣に何が並んでいたと思いますか。菅(義偉)さんの新書がずらっと並んでいたのです。私は、どちらが売れているか勝負だと思って毎日のように見に行きました。どうも私の方がたくさん売れたようで、ちょっとそこでは留飲を下げたのですが。
 新書大賞という賞があって、2020年度に2位に選ばれました。大賞を受けた新書は何だったかというと、斎藤幸平さんという若きマルクス主義者の『人新世の「資本論」』という本です。40数万部売れたという話ですから、大ベストセラーです。ちょっと私とは桁が違うような気がするのですが、民主主義がマルクス主義に負けたというのはちょっと悔しいような気もしました。
 そう思っていたところ、昨年の東京大学生協書籍部のデータによると、東大生が最も多く買った本は『民主主義とは何か』で、2位が『人新世の「資本論」』だったそうです。私はめったに東大生を褒めませんが、そのときだけは「東大生、よくやった」と思いました。
 今日はこの本を基に、民主主義とは何かということについて皆さんと少し考えていきたいと思います。

◆民主主義は終わったのか

 民主主義というのも、正直申し上げると今は評判が悪いです。残念ながら民主主義について批判的な言葉ばかり耳に届きます。「民主主義」というタイトルで検索すると、幸いなことに私の本が一番上の方に来るのですが、他にどんなタイトルの本が出てくるかというと、『民主主義の死に方』『民主主義の壊れ方』といった感じのタイトルです。民主主義は「オワコン(終わったコンテンツ)」だという言葉が至るところで聞かれるようになりました。
 数年前になるでしょうか。新型コロナの感染が拡大しつつあるぐらいの頃、都内でとある会議があり、企業・財界や各官庁のトップの方々と非公開の会合があったことを今でもよく覚えています。そのときに、日本を代表する財界人の方が、「企業に民主主義は要らない。企業に大切なのはリーダーシップだ。民主主義なんてものは企業に関係ない」とおっしゃられたのを聞いて、すごくショックを受けたことがあります。
 もう一人、この方は官庁のトップだった方ですが、「私は民主主義を擁護する自信がない」とおっしゃいました。「中国を見よ。コロナ対策をあんなに迅速にやったではないか。あの国は権威主義だ、独裁だと言われるが、コロナの対応を見てみればいい。決断が速いし、動きが速い。コロナ対応の初動は失敗したけれども、その後のコロナに対する対応は完璧だったではないか。民主主義国家はそれに比べてどうしても意思決定に時間がかかる。いろいろな人がああでもない、こうでもないといろいろ意見を言い、結論としてなかなかものが決まらない。対策をしたところですぐには実行できない。結果として後れを取っている」と言うのです。
 まだそのときはコロナがそれほど広がっている時期ではありませんでしたが、「恐らく独裁国家、あるいは権威主義国家である中国の方がコロナ対応においてもうまくいくだろう。そうなると、私は民主主義を正しいもの、素晴らしいもの、良いものとして応援していけるか、自信を持って語り続けるか、自信がない」とおっしゃるわけです。これも非常にショックでした。誠実で教養のある、尊敬する方ですし、非公開の場だったからこそおっしゃったと思うのですが、まさに霞が関を代表するような人物が「私は民主主義を擁護し続ける自信がない」とおっしゃられたのを思い出します。
 そのことを念頭に置きながら『民主主義とは何か』を書きました。本当に民主主義はオワコンなのでしょうか。本当に民主主義は駄目なものでしょうか。捨てるのが早いのではないでしょうか。捨てるとしても、本当に民主主義は価値のないもの、捨ててもいいものだと思って捨てるのならいいと思います。しかし、その前に本当の民主主義とは何なのか、もう一度考えてもいいのではないかと思って、この本を書きました。
      ◇
宇野重規 著「知識ゼロからわかる! そもそも民主主義ってなんですか?」
東京新聞オフィシャルショップで購入いただけます。
https://tokyo-np.hanbai.jp/products/detail.php?product_id=5867

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