泉 麻人【東京深聞】奥赤坂のリキ伝説『喫茶室まつもと』(港区・赤坂)~ぐるり東京 町喫茶さんぽ~

2022年7月1日 10時00分
 

泉麻人さんとイラストレーターのなかむらるみさんが、東京の喫茶店をめぐる街さんぽエッセイ。さんぽ途中で町の喫茶店を訪れ、店の生い立ちなどをマスターに深く聞きます。今までの「東京近郊気まぐれ電鉄」もバックナンバーとしてお読みいただけます。

奥赤坂のリキ伝説『喫茶室まつもと』

 赤坂はその名のとおり、坂の多い町だ。
 とくに南西側の麻布の方に向かって、山あり谷ありの複雑な地形が広がっている。
 丸ノ内線の赤坂見附で降りて、裏の繁華街の方へと歩いて行く。一ツ木通りの中ほど、上島珈琲が入っている星野リゾートのホテル(OMO3東京赤坂)手前の一通路を進んでいくと、昔ながらの料亭らしい家が微かに残っている。右側は昔の赤坂丹後町の崖で、階段の坂の口が見える。そのうちにこの道も急な上り坂になって、246(青山通り)の方から下りてくる薬研坂やげんざかに突きあたる。この坂をコロムビア坂と呼ぶ人もいるけれど、いま高層ビル(パークコート 赤坂ザ・タワー)が建っているところにコロムビア・レコードがあったからだ。
 薬研坂の通りを突っ切るように狭い道を進むと、クランク状に曲がった先の右側に「リキマンション」というのがある。このリキは力道山――彼が全盛期(というか晩年)の1960年代初めに建設した高級住宅でかつては隣接地にリキアパートというのもあった。やがて道は下り坂になって、稲荷坂の道標が立つ坂下の所で商店街に行きあたるが、この谷あいの商店通り、これといった名前は付いていないが、来るたびになつかしい気分になる。そういえば20年近く前、この辺にできた“酵素風呂”ってのに入りにきた(酵素が含まれているという熱したオガクズに砂風呂のように浸る)ことがあった。

赤坂7丁目にある稲荷坂。急な坂を下り、喫茶店がある商店通りへ向かう。

 そんな“奥赤坂”とでも呼ぶべき商店街の一角に「喫茶室まつもと」はある。一見、ふつうの民家のような2階屋で、玄関先に昔の庭木のようにモミジが植わっている。立て看板に店名とともに記された「珈琲は黒い魔女」というコピーがちょっと気になる。
 店内はテーブルが2つ3つと厨房をコの字に囲むカウンター席、裏隣りの家に入っていく上り坂の階段道が窓ごしに覗き見える感じがのどかでいい。

どこか懐かしい雰囲気が漂う店内

 「まつもと」とはもちろん店主の苗字。御夫人とともに厨房に入る松本雅志さんは69歳、オヤジさんの代からここにいるという生粋の赤坂っ子なのだ。
 「喫茶店を始めたのは1978年ですが、その前におふくろがちょっとマージャン屋をやっていたんですよ」
 なるほど、確かに雀卓を3つ4つ配置すれば、昔の町の雀荘の感じでもある。もっともそれ以前は一般住宅で、松本さんもここから近くの檜町ひのきちょう小学校(現・赤坂小学校)、赤坂中学校へと通学していた。
 僕より3つ4つ上のこのあたりの人、となるとあの力道山の物件の裏話などを聞いてみたい。
 「リキアパートね。昔はもっと敷地も広くてね、力道山自身も一時期住んでいたんですよ。亡くなった後に、ジャイアント馬場がしばらく住んでいたんだけど、力道山の道場もあったから、若い頃の猪木も見ましたよ。庭に大きなプールがあってね、子供の頃、プールそうじの手伝いに行くと、まだ日本では珍しかったコカ・コーラをもらえるんですよ。そう、リキアパートに住んでる外人の女の人たちが、プールの水着のままでこの辺りを歩いていたのをよくおぼえてます」
 と、まぁなんとも生々しい昔話を伺った。
 さて、店のメニューはコーヒーなどの飲みものの他、軽食としてカレーライスとサンドイッチがある。僕はカレーライスをいただいたが、ジャガイモがたっぷり入った“よくできた家庭系カレー”というタイプ。コーヒーもいい味だったが、気になっていた「珈琲は黒い魔女」という看板のフレーズは、以前使っていた近所の焙煎豆屋の宣伝文句らしい。

<上>カレーセット(900円)<下>ミックスサンドセット(950円)ともにコーヒーor紅茶が付いてくる。

 店を出て、246の方へ少し行った横路地にある「珉珉」という渋い佇まいの町中華は見おぼえがある。そうか、ココだったのか…。その逆側の高台に「R」のマークを塔屋に掲げたマンションが眺められるが、位置的にあれがさっき通りがかったリキマンションに違いない。

プロレスラー力道山が経営していたと言われる「リキマンション」。Rマークのロゴが特徴的。

 狭い上り坂の道を直進していくと、246にぶつかる手前に高橋是清の旧宅跡を整備した公園がある。246の向こう側に見える立派な石垣は赤坂御用地。松本さんは都電に乗って高校に通っていたといっていたけれど、この高橋是清翁記念公園の前あたりには、赤坂表町という電停があった。

高橋是清翁記念公園内にある「高橋是清像」


今回訪れた喫茶店

喫茶室まつもと
住所 港区赤坂7-5-32
電話番号 03-3586-7209
営業時間 平日8:00~17:00 土曜日8:00~15:00
定休日 日曜日・祝日

※新型コロナウィルスの影響で、掲載したお店や施設の臨時休業および、営業時間などが変更になる場合がございます。事前にご確認ください。
※2022年7月1日時点での情報です。
※料金は原則的に税込み金額表示です。

PROFILE

◇泉麻人(コラムニスト)
1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。近著に『黄金の1980年代コラム』(三賢社)『夏の迷い子』(中央公論新社)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)、『1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。』(三賢社)、『冗談音楽の怪人・三木鶏郎』(新潮新書)、『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などがある。『大東京のらりくらりバス遊覧』の続編単行本が2021年2月下旬、東京新聞より発売された。
◇なかむらるみ(イラストレーター)
1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。
https://tsumamu.tumblr.com/

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