<言葉が変える社会>(下) デザイン 「排除」を排除する 固定観念からの解放

2022年6月24日 17時06分

日本のオンラインイベントに参加したオードリー・タンさん(右)(NoMaps/NoMaps2020カンファレンス提供)

 「私はプログラマーではなく、ソフトウエアデザイナー。ソフトウエアエンジニアとは言いません」
 二〇二〇年秋、北海道を拠点に開かれたオンラインイベント。出演した台湾のデジタル担当相オードリー・タンさんは「これはちょっとした言葉の使い方ですが」と前置きして、こう続けた。
 「私たちは『デザイン』という言葉によって、この仕事が『人』を相手にするものであると強調しています。これによって働く人のジェンダーバランスが取れるようになるのです」
 世界の多くの国でIT分野への女性の進出が遅れている。この発言には、「デザイン」という新たな言葉を選択することで男女の比率を是正していこうという意図がにじむ。
 タンさん関連の書籍も手掛けた台湾在住の編集者、近藤弥生子さん(41)は「台湾では『程式(プログラム)』は通常、『設計(デザイン)』と合わせて『程式設計』という形で使われることが多い」と説明する。「タンさんは詩人でもあるので、言葉選びに、こちらの想像以上の定義、思いを込めることがあります」
■ ■ ■
 英国では一九八〇年代終わり、美術大のロイヤル・カレッジ・オブ・アート名誉教授、ロジャー・コールマンさんが「インクルーシブ(包み込むような)デザイン」という新たな言葉を提唱。誰もが排除されない社会を目指し、デザイナーと、高齢者や障害者といった当事者が一緒に商品やサービスを開発する取り組みを始めた。
 京都工芸繊維大特任教授のジュリア・カセムさん(74)は二〇〇〇〜一四年、英国でコールマンさんのチームに参加した。障害のある人が経験する障壁「物理的排除」や、社会から疎外されたと感じる人たちの「感情的・経済的・デジタル的排除」など、さまざまな排除を取り除くための学際的なデザインワークショップを展開。例えば聴覚障害者向けに、曲の音程が折れ線グラフのように表示されるカラオケゲームなどが、多くのプロジェクトの中から生み出された。
 渡英前には、名古屋市で英字新聞ジャパンタイムズのアートコラムニストとして働いていたカセムさん。同市美術館からの依頼で視覚障害者のための美術展の企画も担い、作品に直接触れられるようにしたり、音声ガイドを用意したりと、新たな展示や鑑賞方法を考え抜いた。「目が見えない人は、典型的な美術評論とは全然違う視点で作品を理解することを知り、大きな刺激を受けた」
 美術展は障害のない人からも好評を得た。デザインの歴史をたどると、障害のある人のために開発されたものが、一般に広まったケースは少なくない。例えば、タイプライターはもともと視覚障害者向けに作られた。「エクストリーム(周縁)を理解すると、メインストリーム(主流)のイノベーションにたどり着く」
■ ■ ■
 「人々の生活実態を考慮したインクルーシブデザインが日本で普及すれば、ものの見方がより繊細になる」とカセムさんは考える。「今の日本では、高齢者や障害者という固定観念で物事が考えられています。人は多様で、固定観念にとらわれないことが重要。私は七十四歳で難聴で指も硬いですが、心の中は十五歳のばかな子でもあるのです」
 目に見えないところにも働きかけることで、一人一人が生きやすくなる−。「デザイン」という言葉にはそんな力が秘められている。
 (この連載は早川由紀美が担当しました)

おすすめ情報