参院選埼玉 主な候補者の横顔(中)

2022年6月25日 07時46分
 七月十日の投開票日に向けて論戦が始まった参院選。埼玉選挙区(改選数四)に立候補した十五人のうち、主な十二人の横顔を届け出順に三回に分けて紹介する。=届け出順

◆関口昌一(せきぐち・まさかず)さん 69 自民 現<4>
 「黙って行動」を信条に

 総務副大臣や内閣府副大臣など政府での経験を重ねながら、今度は党参院会長として五期目を目指す。「埼玉は野党も強い。とにかく全力で頑張るだけ」と控えめに闘志を燃やす。
 皆野町生まれの歯科医師。亡父も参院議員だった。県議を三期務めた後、周りに推される形で父と同じ道に進んだ。「国政に出てもイエスマンになるなよ」。そんな仲間からの助言に応えてきたと自負する。
 コロナ禍は少しずつ落ち着いてきたが、「国民が不安にならないよう感染症対策に徹底して取り組みたい」と政権与党として気を引き締める。過疎化が進む故郷を念頭に、都市と地方の格差解消も訴える。
 座右の銘は県議時代から変わらず「実行・実現」。実績を誇らず、黙って行動に移すのが信条だ。「マスコミ受けするタイプじゃないけど、こういう人がいてもいいでしょ」

◆上田清司(うえだ・きよし)さん 74 無所属 現<1> 国
 根を張り戦う最年長

 「賞味期限が切れかかっているが、上手に使えば長く使える」。埼玉選挙区の候補者では最年長ながら、精力的に県内を駆け回る。地方重視、経済再生、教育と科学技術の振興を政策の三本柱に据える。
 福岡県出身。所沢市で学習塾を開業した後、一九九三年の衆院選で初当選。三期目途中の二〇〇三年には知事選に出馬し、四期十六年務めた。退任後、一九年の参院補選を勝ち抜き国政に復帰した。
 金融経済や防衛、国際比較のデータをすらすらと口にする。「野党の論戦はもっとファクトで勝負しないと」。政権交代可能な政治状況を生み出すため、新党結成の模索も続ける。
 衆院初当選まで四度の落選を重ねた経験から「疾風に勁草(けいそう)を知る」との言葉を胸に刻む。「根を張った草は風が吹いても倒れない。根っこを持って戦う」と力を込める。

◆梅村早江子(うめむら・さえこ)さん 58 共産 新
 改憲勢力の独占防ぐ

 空襲で祖父を亡くし、女手一つで育てられた母親から「戦争さえなければ」と聞かされて育った。「命をかけて戦争に反対した政党がある」と聞き、十九歳で共産党に入党した。
 「諦めない」という自己分析の通り、草の根運動を続けてきた。初めは学費値下げを訴える学生運動。窮屈な校則に「もやもやするだけだった」が、大学で声を上げる学生たちの姿が「きらきらして見えた」。消費税をなくす全国の会の活動は約三十年になる。
 出産後、わが子を抱いた自身の父が駅の階段を踏み外したことから、蕨駅にエレベーター設置を求める市民の会の会長に。子育て仲間と保育園の拡充を求める市民運動にも取り組んだ。
 二〇一四年の衆院選に比例北関東ブロックで初当選し一期務めた。「ウクライナ情勢に乗じた改憲勢力に埼玉の定数四を独占させないこと」を目標に掲げる。

◆河合悠祐(かわい・ゆうすけ)さん 41 N党 新
 スクランブル化訴え

 昨年の千葉県知事選や東京都議選にピエロ風の白塗りメークで挑み、注目された。衆院選も埼玉3区から出馬し、落選。「今回は真面目に訴えたい」と表情を引き締め、NHKのスクランブル放送化や消費税率引き下げなどを主張する。
 二〇〇一年に人材派遣会社を立ち上げる傍ら、政治への関心を持ち続けた。地元の京都で過ごした大学時代、地方議員の下でインターンシップ(就業体験)に参加したこともある。
 NHK党は自身を含む四人を埼玉選挙区に擁立した。同じ党で競合する形となるが、「国政政党の要件を維持できるかの天王山。比例得票を増やすには合理的な戦略」と意に介さない。
 中国史が好きで「人生(人間)万事塞翁(さいおう)が馬」の故事を大切にする。「今まで挫折もあったが、そのおかげで成功したこともある。一喜一憂しない方が人生楽しめる」と笑う。

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