<書く人>身に染む死 目線低く 『ミシンと金魚』 作家・永井みみさん(57) 

2022年6月26日 07時00分
 認知症を患う主人公の女性が語る世界って、どんなだろう。そんな興味から手に取った本作で描かれた主人公「カケイさん」の人生は、「壮絶」のひと言。「老い」というテーマもあり、重々しい気持ちになりそうだが、独特のリズムを刻み、ユーモアを交えたカケイさんの語りに、ぐいぐいと引き込まれた。
 リズム感のある文体は、時系列が前後したり、話が行ったり来たりする、認知症の特性にならったもの。「読んでいて揺れる感じが出るかなと思って」と話す永井さんは、現役のケアマネジャー。六年前まで、訪問ヘルパーをしていた。「利用者さんはすごく良いことを言ったり、考えたりしているのに、一対一のやりとりでのことなので、誰にも知られない。その素晴らしさを知ってほしかった」と言う。
 作中で、離婚調停中で悩むヘルパーの「みっちゃん」に、カケイさんが昔飼っていたチャンスという名の犬を思い出して「チャンスを、待て」と言ってみるシーンがある。「これは創作ですが、こんな感じで、本質を突いたアドバイスをもらうことが多々ありましたね」と振り返った。
 本作をほぼ書き上げていた昨年一月、永井さんは新型コロナウイルスに感染した。「エクモ(人工心肺装置)以外は全部やった」ほどの重症となり、一時は意識もなかったという。その後、無事に退院。原稿を読み直してみると、「工夫する人」なるタイトルをはじめ、文章におごりを感じた。「まだ死ぬはずのない若い自分が、死にゆく人を書いていたところがあった。人は“いつか”ではなく、“今すぐ”にでも死んでしまうということが身に染みて分かった」体験をして、上から目線と感じた部分を書き直した。
 本作で公募の新人賞「すばる文学賞」を受賞し、小説家デビューを果たした。が、実は二十年ほど前、小説家の夢をあきらめていた。再挑戦のきっかけは、そのことを知る数十年来の飲み友達の死だった。「会う度に『授賞式に行く』と言ってくれていたのに、自分は何をしているんだろうなって。忘れられない“錨(いかり)”となりました」。一念発起して書いた一作目で、賞を射止めた。
 頭の中には、性格や生い立ちなどが形作られたキャラクターたちが出番を待っているという。「いつか彼らが日の目を見てもらえたら良いな」。集英社・一五四〇円。 (飯田樹与)

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